春ですね~!
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越後の狛犬さん その36 の続きです。
最初の神社は不在で、2社目の鯨波・神明宮をお参り。
続いて東南方向2キロほど移動し、こちらへ。
宅地造成前は、丘陵地帯だったと思われる高台の奥に在りました。
・福富玉姫大神 (柏崎市米山台東4682)
・祭神、由緒と共に不明です。
表現の仕方が分かりませんが、何とも不思議な感じの神社でした。
本殿?拝殿?に、しもたや風の建物が付随している様に見えました。
お詣りさせて頂くために中に入ると、玉峰高龍大神の扁額が在りました。
これにてタイムアプ。で、所用に赴きましたとさ。
所用をつつがなく済ませ、第二試合へと突入。
また狛犬か!って?
いいえ、狛犬さんはおしまい。
別の趣味でやんす!。
そのレポは、こちらです。
雪解け時は、何と言っても花々ですよね。
霰に追い返された感じもしましたが、満足できた越後路でした。
これにて、越後の狛犬さん2012.04.01.は終了です。
続いて、7月9日に越後の山の登山口を下見に行った際の南魚沼市の狛犬さんをご紹介。
金城山の麓の雲洞庵というお寺さんの傍から291号線に向かい、早川交差点で28号線へ。そして、仙石と舞子の境界付近にて神社を発見。
・十二神社 (南魚沼市仙石697)
・祭神・由緒共に不明です。
かなり大きな御神木が目に付く、珍しく石段のない神社でした。
社殿前の狛犬さんは、大正十年(1921)十一月生まれでした。
流石に十二神社、境内にはいろいろな石造物が祀られていました。
その広い境内の草むらで、何やらピョンピョンと。
無事にカエルんだよ! と言ったとか?
カエルさんのお見送りを受け 、元気を貰って20号線を越後湯沢へと一走り。
今回は観光客として、お花めぐり。
少し上でもご案内しましたが、レポはこちらです。
こんな感じで、2012年分の越後の狛犬さんは終了。
これで、越後編は暫らくお休みとなります。
次回は、ちょい遠目の狛犬さんの再開となります。
お楽しみに!
狛犬の写真は、カル2の狛犬さん写真集の中に沢山掲載しています。
写真集は、こちらです。どうぞ、ご覧下さい。
・越後の狛犬さん その36は、こちらです。
・越後の狛犬さん その38は、こちらです。
これからも、是非お立ち寄り下さい。
最後までお付き合い、有難うございました。
では、また。
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その44の続きで、2012.02.21.に鎌倉大仏裏山ハイキングに行った際にお逢いしました狛犬さんのご紹介です。
御成町の諏訪神社、長谷町の浅間神社をお参りし、
裏大仏ハイキングコースから六国見山を歩き、〆で
こちらに訪れました。
・八幡神社 (鎌倉市台2044)
(小八神社・小八幡さま)
・祭 神 応神天皇(おうじんてんのう)
別名:品陀和氣命/誉田別命(ほんだわけのみこと)
品陀和氣命:第15代天皇、皇祖神や武神(弓矢神)
八幡神:農耕神、海の神
・由 緒
元禄十一年(1698)、将軍綱吉、小坂郷台村を石野、別所両人に領ち賜う。別所氏の領地は藤沢、鎌倉間及び戸塚、鎌倉間の要路に当れるを以て、毎月五、十日の両日に市を立て諸物を売買交易し漸時股賑を来たし、小名を市場と称するに至りき、ここに領主別所氏享保二〇年(1735)八月十一日を吉日と撰び、字亀井なる高地を神地と定め平素敦く尊信せし石清水八幡宮を勧請し鎮守とす。
「相模風土記」に「稲荷社、八幡宮二社ともに村の鎮守とす。とあるは当八幡神社を言えるなり」とある。
又、「神明、春日を合祀す」とも記されている。
社殿は関東大震災で全潰し、大正十五年(1926)十二月十日、再建し現在に至る。 神社庁資料より
横須賀線の線路際の小道に参道入り口が在ります。
が、 民家が並んでおり、少し分かりにくい。
線路際から覗いてみると、突き当りに石段が見える。
神社は、この小路の突き当りの小山の麓に鎮座しています。
石段上の狛犬さんは、昭和四十三年(1968)十一月吉日生まれでした。
境内には古木が鬱蒼と茂っていました。
昼なお暗し!
って言うよりも、まあ夕刻に近いからか?
元禄三年(1690)11月吉日の彫りの庚申塔。
ショケラを下げています。
文政十三年(1830)正月吉日の建立。
「梅花老人拝書印」の彫りも。
そして鳥居まで戻りますと、念仏供養塔が。
手前側に彫られた文字があまりよく写っていませんでした。
次回には、良く確認をして来ます。まあ、能力外で判読が出来ないかも知れませんが。
続いて、線路際の道を進み小さなトンネルを抜けて、北鎌倉駅方面へと300mほど移動。
北鎌倉駅の下りホームの先端から更に少し進んだ、左手の路地を入ります。
・八雲神社 (鎌倉市山之内585)
・祭 神
素盞嗚命 ・須佐之男命 (すさのおのみこと)
別名:牛頭天王(ごずてんのう)
・由 緒
元仁元年(1224)12月鎌倉四境の北境に当たる「山ノ内」で疫病祓いの鬼気祭が斎行された。
この斎場跡に祇園社・八坂神社の神霊を勧請して村内の安穏を祈願したのが当社の創立。古くは「午頭天王社」と称した。
例祭の神輿渡御は、山崎北野神社と八雲神輿との「行合祭(ゆきあいまつり)」で、二基の神輿が勢いを競いながら街中を練り歩く。 神社庁資料などより
路地の奥に石段があり、その際の社号表。
主目的の狛犬さんのご紹介。年令は不明でした。
大正十一年(1922)二月二十日生まれでした。
2015.01.23.再調査・訂正。
こんな感じの八雲神社でした。境内には、寛文五年(1665)の銘のある鎌倉最大最古の石造庚申塔(鎌倉市指定文化財)や平安時代の陰陽師安部晴明が残したといわれ、除災の石として信仰を集めています「晴明の石」があるそうですが、未確認です。
次回かな?まあ、狛犬ブログですから・・・。
鎌倉市御成町の諏訪神社から始まりまして、裏大仏ハイキングコース~六国見山と歩き、〆に二社を訪れましたワンデイハイクも無事終了となりました。
次回からは、怒涛の戸塚区編を再開です。
お楽しみに!
狛犬の写真は、カル2の狛犬さん写真集の中に沢山掲載しています。
どうぞ、ご覧になって下さい。
・ご近所の狛犬さん その44は、こちらです。
・ご近所の狛犬さん その46は、こちらです。
最後までお付き合い、有難うございました。
では、また。
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******* 以上、モブログでした。 2/14追記
今日は午後から、弘法山へと出かけてきました。
ほんの薄い雪化粧をした木々に逢いにね。
上の写真と同じ場所ですが、1枚。
サクッと歩いて楽しんで、お帰りでした。
すると、何と伊勢原市内には結構な積雪が。
そのうち、神奈川県全域にも「大雪警報」が発令。
横浜市内は14センチの積雪とか。
いつもなら1時間足らずの道のりですが、急坂のあるルートを避けて大迂回。
それでもちょっとした坂を登れなく、道をふさいでいる車両がかなり見受けられました。
なもんで、2時間もかかって家に近づくと、想像以上の積雪量でビックリ。
Sさんちの愛車の積雪量は、先日よりも多いかも。
先ずは、無事に帰着。
雪国へと出かけられなくて可哀そうだったエックス君、
今夜は良い夢を観れるかな?
安直だったけど、これでエックス君の初雪遊びは終了。
って、自分たちの楽しみだったかな?
そうそう、カルディナがレポを作る予定とか?
お楽しみに!
カルディナが何か作ったみたい。
カルディナのブログは、こちらです。
では、また。
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