
2012年2月20日横浜市戸塚区の白(しろ)神社 、松尾神社・篠塚八幡社 、舞岡神社 の続きで、第4弾最終回となります。
舞岡町の舞岡神社から南西方向、直線距離約1.5㌔の高台に位置します。
・八幡神社 (横浜市戸塚区下倉田町宮谷470)
・祭 神
応神天皇(おうじんてんのう)
(品陀和氣命・誉田別命)
天照皇大神 (あまてらすすめおおみかみ)
・由 緒
勧請年月は不詳であるが、新編相模風土記によれば村の鎮守として記されていた。
明治六年(1873)十二月村社に列せられた。
明治十五年(1882)四月社殿を再建。
大正十二年(1923)四月社殿増築及び幣殿を新築。
同年神饌幣帛料供進神社に指定された。
神社庁資料より
地元の方々に、八幡宮とか下倉田八幡神社とも呼ばれているそうです。
総本社は、宇佐市の宇佐八幡宮との事。
石段を数段登ると、明神鳥居形の鳥居がお出迎え。

鳥居を潜り更に続く石段の手前左手に、石祠や昭和十六年(1941)五月の彫りのある狛蛇と思われる(足が有る様な?)石造物などが祀られていました。


参道の2つ目の石段を登ると、正面に小造りな社殿が。


しかし、彫物は簡素ながらとっても良い感じでした。





そして、お目当ての社殿前の狛犬さん。
大正八年(1919)三月吉日生まれでした。
関東大震災で転倒したのか、若干の傷みが在りました。
















社殿の前庭は、若干狭い感じがしました。
神社の周囲は住宅地となっていますが、少し前までは丘陵地帯だったと記憶しています。きっと宅地造成時に境内も供出となったのでしょうね。
更に一社にお参りするも不在社でして、とうとう笠間十字路に着いてしまいました。
然らば、最後はこちらに!と大船駅近くへと移動。
・長尾臺御霊神社 (横浜市栄区長尾台372)
・祭 神
鎌倉権五郎景政 (かまくらごんごろうかげまさ)
(鎌倉権五郎、鎌倉景政とか平景政とも呼ばれています)
大國主命 (おおくにぬしのみこと)
・由 緒
鎌倉権五郎景政の玄孫景弘、始めて長尾の地に住し長尾次郎と称した。
その長子新五為景が、祖先を奉斎せる村岡村宮前御霊神社の分霊を勧請したものである。
明治二十二年(1889)八月、十二天社を合祀した。
神社庁資料より
祭神・由緒は、下の写真をご覧ください。
(当ブログの殆どの写真は、クリックで拡大出来ます)


JR大船駅からほど近い位置に在り、参道は住宅に挟まれとっても狭い感じでした。
やや長めの参道を進むと、ご多分に漏れず石段が。

鳥居を潜ると、参道脇には文政九年(1826)一月吉日の彫りのある水鉢が在りました。

更に石段を登り、社殿へ。



社殿前の昭和五年(1930)十月吉日生まれの狛犬さん。














社殿の裏手には、長尾氏の居館跡の案内が在りました。

石段を少し降りた右手に、稲荷社が祀られていました。



写真が足りずに、後日訪れた時の眺め。

長尾臺御霊神社の写真は二回分が混載しています。
こんな感じで2012年2月20日分の4回のレポ?は、
おしまいです。
次回は、横浜市戸塚区の狛犬さんを1回お休み。
鎌倉市の狛犬さんをご紹介します。
お楽しみに!
狛犬の写真は、カル2の狛犬さん写真集の中に沢山掲載しています。
どうぞ、ご覧になって下さい。
・ご近所の狛犬さん その42は、こちら です。
・ご近所の狛犬さん その44は、こちら です。
最後までお付き合い、有難うございました。
では、また。
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