今日は、こちらに!2012.11.27. 震生湖へ紅葉狩り!
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******* 以上モブログでした 11/20 追記
”今度は何処の山へ?”との声が?
今回は、紅葉狩りを予定しています秦野市へ。
その前段に、何時もの里山を楽しみに。
今年は何度目になるでしょうか?
雪から新緑、酷暑の時季から紅葉の時季へと幾度となく・・・。
まだ色付きには、少し早いとも思いましたが、
”やっぱりね~ぇ、”の世界。
で、少しだけご紹介。
ほんの少しだけ彩が。
1つ目のピークから、江ノ島や三浦半島が薄っすらと。
青空がないのは承知の上で訪れましたが、景色も紅葉も映えませんね。
全体が良い色合いになるには、もう少し時間が。
1時間少々登って来ましたので、今日のお散歩はこれにておしまい。
良い時季を狙って、また出かけましょ。
と言う事で、少しでも綺麗な樹々を探しながら車へ。
まあ、標高からするとこんなもんか?との思いが。
今回はこちらがメインでは有りません?ので、OK.。
で、メイン?(どちらがオマケか?)の震生湖へ。
(来週こちらへと紅葉狩りに来る予定)
さて、どんな感じでしょうか。
彩りは、

未だ少し早目なれど、案外と良い感じですね。
来週あたり、見頃になるかも。
そして、池(少し大きな池、と言ったほうが良いかも)の周囲を歩いていると、小鳥たちがお食事にご来訪。
あっちでコンコンコン、こっちでコンコンコン。
コゲラの家族でしょうか?
幹を突っつき過ぎで、ムチ打ちにならないのかな?
切り取ってみましたが、動作が速すぎるし高い位置なので・・・。
そして、ヤマガラの家族も。
自分の体くらいの大きな落ち葉を跳ね飛ばして、ご飯を探していました。
お御籤は、銜えていませんでしたね。
↑
解るかな~ぁ?![]()
コンデジなので、非常に見づらくてすみません。![]()
予定していた確認事項はこれにて終了。
大勢の方がヘラブナ?釣を楽しんでんでいられる
震生湖を後にしました。
と、こんな感じの秦野市・震生湖の紅葉状況でした。
では、また。![]()
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******* 以上モブログでした 11/15.17 追記
丹沢の畦ヶ丸へ紅葉狩り。![]()
上のモブログ写真は、色合いが今一かな?
こちらのコンデジ写真の方が、近い色加減です。
1200mを超える畦ヶ丸山頂付近では落葉も進み、
ほぼ裸木状態でした。
下山途中のブナの巨木に、まだこんな新しい爪痕が。
それも登山道沿いで離れた場所で、2本に。
良く探せば、もっと在ったかも。
金城山の5.5合目位では、やはり新たらし目の大きな塊の糞もあったし。だんだんと近付いてきた様子。
あまりご面会は、したくありませんが。![]()

そうそう、最後に林道を歩いて帰る途中でこんな橋を渡りました。当然にも昔からお住まいだったのですよね。
何方ですか?”エボダイの開きか~ぁ!”何んて思った方は!
何んと心得る。こちらは、恐れ多くも彼の源頼朝公に
ご縁の的様で御座るぞ。
んで詳しくは、下の写真でどうぞ。
こんな感じの畦ヶ丸の紅葉狩り速報レポでした。
上の写真2枚で何処から登ったのかお分かりの方は、丹沢にかなり詳しい方ですね。
表や西丹と違って、静かな山遊びが出来る地帯からでした。詳しくHPにレポを創る予定で居りますが・・・。
******* 11/17 追記
・レポが出来ました
・カルディナのレポは、こちらです。
・カル2のレポ(HP)は、こちらです。
どうぞ、お立ち寄り下さい。![]()
では、また。![]()
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れれちゃんからのプレゼント、千葉編と一関編です。
・松戸神社(千葉県松戸市松戸1457)
・祭 神 日本武尊(やまとたけるのみこと)
・由緒、伝来
景行天皇の御代40(291)年、武蔵国へ向かわれる際に、当地にご陣営を設けて従将の吉備武彦(きびたけひこ)連と大伴武日(おおとものたけひ)連の 方々と待ち合わせたため、『待つ郷』(まつさと)=『待土』(まつど)と呼ばれ、『松戸』の地名が生まれたと云われている。
社殿は、寛永3年(1626)年の創建とされ、神仏習合思想の影響で、かつては御嶽大権現と称した。
明治15年に松戸神社と改称した。
松戸神社HPより抜粋
七五三のお参りで、境内はかなり混雑との事です。
15代将軍・徳川慶喜の実弟・昭武の別邸、戸定邸へ散策に行かれた際の捕獲だそうです。
その戸定邸を1枚。
”この日は天気良くて、富士山~丹沢を見渡せました♪”だって!良かったですね。
続いて、一関編。
・配志和神社(岩手県一関市山目館56)
・祭 神
高皇産霊尊(たかみむすびのみこと)
瓊瓊杵尊(皇孫尊)(ににぎのみこと)(すめみまのみこと)
木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)
・由 緒
延喜式神名帳にも記載されており、創立は古くから人皇十二代景行天皇の御代、皇子日本武尊詔を奉じて軍を率い遠く道の奥の国に入り蝦夷の地に至る。進んで営をこの地、中津郷の耶麻要峯に移し(神社境内)、その嶺頂に登り梟賊を平治せんことを祈り、自ら矛を収め三神を鎮齋し、東奥鎮護の神として祠を建て火石輪と称した。
こちらのHPよりお借りしました。
社殿は蘭梅山の中腹にあり、針葉樹林に囲まれているそうです。
今はハイキングコースに組み込まれている様ですが、松尾芭蕉さんもお立ち寄りとか。
・昨年の震災前の写真
狛犬さんは、踏ん張って~~頑張った~!
・同じく、震災後の昨年6月
狛犬さんが元気にお待ちですね。![]()
大震災の大きさが偲ばれます。
各地で大きな災害が起きています。
未だ復旧の見込みもない所が多い様な。
何とかならないものでしょうか。
弱い力しかありませんが、出来るだけ協力したいですね。
・田村神社(岩手県一関市字釣山19)
・祭 神
誉田別命 (ほんだわけのみこと)
坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)
坂上輝定
・由 緒
当神社は延暦年間(782~806)坂上田村麻呂が東夷平定の際館山(現釣山公園)に陣営を敷き、諏訪の大神(長野 諏訪大社)に勝利を祈願したのが紀元とされ、その後、康平四年(1061)源頼義、源義家が安倍貞任征伐【前九年の役】の折、田村麻呂と同じく館山に陣を敷いた際、合戦の祈願のため伊勢の神宮、京都の石清水八幡宮へ、中原大夫清房を奉幣使として使わせたところ両宮の大御神の御神託を賜り、この地域の八方に八幡宮を勧請した内のその第一社である。 (以下略)
田村神社HPより抜粋
一関市の釣山公園内(一関城址公園)の主郭には田村神社が鎮座しているとの事です。
玉垣内の狛犬さんは、残念ながら一緒に撮る事が出来なっかたそうです。
上の案内板にもあります、田村神社の相殿であります神社です。
こちらの本殿には、狛犬さんは不在だそうです。
境内社になるのでしょうか?2社分のプレゼントがありましたのでご紹介。
・おさん稲荷
おさんさまとも呼ばれる様で、こんな伝説があるそうな。![]()
一関の周辺にいたずら狐がいろいろ居た。
三関の太郎、雁江二郎(中里)、おたてのおさん(釣山)、ばぶ沢おたつなという狐はそれぞれ村民を悩ませた昔話を残している。一関のあんまが夜中に家中へ呼ばれてつれて行かれたがいつも歩く道とは違った感じの所を急いで歩かされ、やがてお手車でかつぎ上げられたが、とても立派な御殿へ通された様子だった。 (以下略)
こちらから転載させて頂きました。
こちらのキツネさん。
・竹駒神社
そして、こちらも境内社?
神社ですが、狛狐さんなのですね。

・稲荷神社(一関市山目町2-5)
・祭 神
稲蒼魂命(いなくらだまのみこと)
別雷命(わけいかづちのみこと)
・由 緒
人皇82代後鳥羽天皇の文治年中(AD1185-1190)鎮守府将軍藤原秀衡の遺臣照井太郎高春、磐井里を開拓して耕田を拡張せんことを志し、水路の開通を企画し百方画策すれども成らず。依って、一念発起中津郷太平山の高台をして大いに祭壇を築き神籬を立て、五穀の守護神山城国深草の稲荷大明神を祀り崇敬なる祭典を挙げ、神明の加護により磐井川の上流須川の水を灌漑せんと祈願を籠め鋭意設計を立て工事を努めしに、御霊験により用水堰の開鑿漸くその緒に就くを得たり。高春感喜惜く能わず御神徳の崇高なるを謝し報賽して太平山麓に新に社殿を建立し、正一位和光稲荷大明神を勧請して祭祀を篤くせり。高春の子孫皆その遺志を継ぎ篤くこれを崇敬し、開鑿工事に励み、遂に堰通水の偉業を完成せり。西磐井の産土様のHPより転載させていただきました。
所用の折にお立ち寄りいただいた。とか。
お社が2社並んでいるのですね。
右側のお社の石段下の見える狛犬さんの奥に、
頭が見えるような?
そして、石段の上のお社の前、左右に何かが?
どうやらカル2は、目も悪くなって来たか。![]()
と、こんなにも多くの狛さんの写真をれれちゃんから頂きました。
今頃は狛さん達みんなが、かなりの寒さの中を健気に神様にお使えしているのでしょうね。
未だ地震も続いています。
早く平和で、より住み良い国になります様に!![]()
れれちゃんからの多くの狛さんのプレゼント、
ちょい遠目・かなり遠目の狛犬さん集でした。
本当ありがとうございました。![]()
皆さんから頂いた多くの狛犬写真があります、
カル2の狛犬さん写真集は、こちらです。
ご覧いただけると嬉しいです。
狛犬さん特別編のその5は、こちらです。
狛犬さん特別編のその7は、こちらです。
是非、こちらにもお立ち寄りください。
では、また。![]()
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2度も蹴られた姿を眺めながら、紅葉狩りを満喫中!
******* 以上モブログでした 11/06.07.12 追記
とりあえず1枚だけ!
*******
前日に積雪により金城山を断念して刈羽黒姫山へ。
刈羽黒姫山の
・カルディナのレポは、こちらです。
・カル2のレポは、こちらです。
下山後、所用を済ませて目的地を選別。
下越方面を望むも、今一天候が。
昼間遠くでゴロゴロと鳴っていましたし、地図も心構えもありません。
いろいろ検討するも、時間のみが刻々と。
何度も車の向きを変えて、地図がなくても良い・結局
お手軽なこちらへ。
隣の山への未練ですかね。![]()
と言う事で、こちらも少しだけ写真を追加。
今回も薬師尾根からの登りです。
六日町の町並みが良く見えていました。
周囲の山並みがかなり見渡せました。
で、巻機山八海山方面の1枚だけご紹介。
想定外の雪との出逢い。
そして、想定外の坂戸山の綺麗な紅葉でした。
里山って何処も雑木が多いので、時季が良いと本当に綺麗ですね。
そんな里山の紅葉速報でした。
3連荘で通いました花の坂戸山のレポ、
その第1弾は、こちらです。
※ 一時通行止めとなっていました城坂コースは、整備されて安全に通行可能でした。
こんな感じの何んとも安直・お手軽な2日間速報レポはこれにておしまい。![]()
こちらの本レポも少々お待ちください。
レポが出来ました。 11/12 追記
・カルディナのレポは、こちらです。
・カル2のHPは、こちらです。
ご覧頂けると、嬉しいです。
では、また。![]()
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******* 以上もブログでした。 11/07.10.追記
越後に出張でした。
金城山に行こうと思えど、かな~~~りの積雪。
しばらく山遊びから離れていまして、雪に対する心構えが出来ていませんでした。
仕方なく、3段紅葉の状態の金城山を断念。![]()
所用で行く予定でした高柳のこちらへ転進。
本来は、5日に登る予定でした刈羽黒姫山。
取り合えず、紅葉の状態をお知らせ。
殆んどの写真は、クリックで拡大できます。
先ずは、磯之辺の登山口から。
黄葉がとっても綺麗に。
も~~~、堪りません!
鵜川神社の前庭から黒姫山山頂方面の眺め。
黒姫峠から白倉へと右折をして、更に降りますと。
未だ彩りが・・・。
ここのブナの若木の色付きも見たかったのですが。
更に降りて昨年訪れて綺麗だった所は、少しだけ黄葉が始まっていました。
地形の関係か?標高が低い方が黄葉が早い。
昨年のレポは、こちらです。
是非、一緒にご覧下さい。綺麗でしたよ。
磯之辺からの登り道と白倉への降り道の両方のブナを楽しみたいな!と思いながらの歩み。
しかし、2兎追うも1兎のみの出逢いでした。
残念。![]()
と言う事で、刈羽黒姫山の黄葉、速報レポでした。本レポは、しばらくお待ちください。
レポが出来ました。 11/10追記
・カルディナのレポは、こちらです。
・カル2のHPは、こちらです。
翌、5日の坂戸山の 11/12追記
・カルディナのレポは、こちらです。
・カル2のHPは、こちらです。
こちらも、ご覧頂けると嬉しいです。
では、また。![]()
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2010年5月6日の探訪でした。
高柳町の坪野入り口で12号線からに磯之辺へ右折、400mほど進んだ右手の小高い位置に在りました。
地図によっては、四柱宮との表示もありますね。
・坪野神社(柏崎市高柳高尾町1196)
・祭神、由緒とも残念ながら不明です。
坪野地区の鎮守様との事です。
境内はとっても綺麗に手入れをされていました。
石の鳥居の扁額には、四柱宮の表示。
引き戸が開放されていましたので、拝殿の中を拝見。
誰でもお参りが出来る様にとのお心使いなのでしょうね。
前後してしまいましたが、本命の狛犬さんです。
明治十二年(1879)生まれ、とってもユニークな顔形でした。このタイプには初対面かも知れません。
金目の狛犬さんで、阿像に宝珠(ギボシ)と吽像に1角が。
あら~ぁ、今良く見るとあけた口の中には、可愛い~ぃ平べったい歯のようなものが4~5個見えるような?
ほらね!切り取り拡大で見えにくいですけどね。![]()
拝殿に向かって左手には、かなり古いと思われる苔生した石祠が寄せて祀られていました。
この日には他に数社をお参りしておりまして、写真を補足して来ました。
時間的には前後しますが、その中の2社をご紹介。
・蔵王神社(柏崎市高柳町岡野町)
以前に ご紹介済み ですが、蔵王でくらおうと読む様で、地元の方は川磯観音堂とか蔵王神社と呼ぶそうです。
狛犬さんは、この子たちです。
一説では、江戸時代末期生まれとか?
今回追加分は、拝殿内部のこちらです。
毎度格子からの覗き撮りですので・・・。![]()
いろいろな観音様?や武将の像が見えましたが、如何せんとも遠い。
祭礼のときに来なければ!ですね。
続いて、最初にご案内の坪野神社へ。
そして、磯之辺の磯之辺十二神社へ。
坪野神社をお参り後、刈羽黒姫山の麓へ。
こちらの磯之辺十二神社の過去レポは、こちらの最下部です。
奉納されている、柏崎市の重要文化財に指定されている彫刻「修験者坐像」に会いたかったのですが・・・。
・磯之辺十二神社
(柏崎市高柳町高尾磯之辺)
上3枚目の坐像を切り取ってみましたが・・・。
こちらも如何にも遠い。![]()
あまりはっきりとは見えませんが、これが重要文化財に指定されている彫刻「修験者坐像」だと勝手に信じています。
こんな感じの坂戸山~八石山ハイキングのオマケレポでした。![]()
次回は、やっと2010年分の最終回となります。
お楽しみに!![]()
狛犬の写真は、カル2の狛犬さん写真集の中に沢山掲載しています。
写真集は、こちらです。どうぞ、ご覧下さい。![]()
・越後の狛犬さん その31は、こちらです。
・越後の狛犬さん その33は、こちらです。
越後の狛犬さんは、まだまだ続きます。
いろいろと面白い方々が登場します。
お楽しみに!![]()
これからも、是非お立ち寄り下さい。![]()
では、また。
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ちょい遠目の狛犬さんシリーズも、いよいよ?やっと?2011年分となりました。![]()
で、4月7日にお散歩をしましたのでこちらの写真を少しだけ追加。
そのレポは、こちらです。
・高来神社(大磯町高麗2-9)
国道1号線を背にしての眺めです。
ミニクマさんチームと湘南平からの往復ハイキングでした。
ミニクマさん、お疲れだったでしょうね。
プリップリッの子獅子ちゃんのお尻を愛でて
これから復路の山登りです。
続いて4月21日、所用が早く済みましたので・・・。
毎度の事ですが、何が目的なんだか?![]()
そのレポは、こちらです。
・八菅神社 (愛甲郡愛川町八菅139)
・祭神
国常立命 (くにとこたちのみこと)
伊弉諾尊 (いざなぎのみこと)
伊弉冉尊 (いざなみのみこと)
誉田別命 (ほんだわけのみこと)
金山毘古命 (かなやまびこのみこと)
大己貴命 (おおなむちのみこと)
天忍穂耳命 (おめのおしほみみのみこと)
・由緒
大宝三年(703)役小角、日本武尊の御神殿を慕い入山修法された。その折天空より玉幡1流山中に降り、白菅8基が地中より惣然として生じ、よりて八菅寺と称した。
和銅二年(709)僧行基は勅命を受け、神体及び本地仏を彫刻し一山の伽藍を建立したといわれる。
鎌倉時代の上期・寛元元年(1243)に相模国愛甲庄に「熊野山領」が設定され、藤原清俊が地頭の職に補せられたとある。
その後七社権現の別当寺であった光勝寺は、天台宗の寺で京都の聖護院の直末であるとともに、本山派修験の相模における拠点であり、八菅山内には光勝寺に属する五十余の修験の院・坊があった。
明治維新後神仏分離により八菅神社が残り光勝寺は廃寺となり、修験者は帰農した。
との事ですが、詳細は下の社頭案内板をクリックしてご覧ください。
八菅(はすげ)神社参道の左手少し先の駐車場へ。
中津川方へ少し戻り参道へ。
境内の桜は終期、桃の花が綺麗に咲いていました。
数段の石段を登ると、昭和五十五年(1980)二月二十二日生まれの狛犬さんがお出迎え。![]()

鳥居を潜った先の左手には鐘楼があり、上右の案内板の様に供出を免れた元和四年(1618)鋳造の梵鐘が吊り下がっていました。
どの様な音色なのでしょうか?
きっと荘厳な事でしょうね。
広い境内には、かなり緑濃い樹木が目に付きました。
こんな案内板が。巨木が多い訳ですね。
本殿は、奥の結構高い位置にあります。
男坂・おみ坂のこんな古そうな感じの200段を超える石段を登った先へ。
周囲には、ヤブツバキやスダジイなどの自然林が見受けられました。
一汗掻いて登った先は、かなり広い本殿前庭でした。
拝殿が大き過ぎ、正面からは撮りきれませんでした。![]()
境内を散策後、上の方でご案内しました八菅山へと
お散歩。
そのレポは、こちらです。
八菅(はすげ)神社の狛犬さんのご紹介でした。
これにてちょい遠目の狛犬さんレポは、暫しお休みとなります。
と言いますのは、ご承知の通り2012年3月に大震災が発生しまして、狛犬さん詣でもお休み。
次回の ちょい遠目の狛犬さんは、2012年1月・養沢神社からとなります。
この後は、ご近所の狛犬さんへバトンタッチ!
乞う、ご期待!なんちゃって。![]()
取材した多くの狛犬写真があります、
カル2の狛犬さん写真集は、こちらです。
ご覧いただけると嬉しいです。
・ちょい遠目の狛犬さん その30は、こちらです。
・ちょい遠目の狛犬さん その32は、こちらです。
狛犬さんレポは、まだまだ続きます。![]()
では、また。![]()
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