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2011年9月

明日は!

明日は!
手前の穴の有る山かな?


*******    以上モブログでした。   9/29追記

あまりはっきりと見えませんね。

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こちらもあまり変わりませんね。
テッペンに噴火口のある、黒姫山です。
実は、薄っすらと富士山も見えているのですよ。

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こちらも判別出来ませんよね。
拡大していただけると?


体調調査の第3弾は台風により中止。
で、こちらで体調調査の第3弾となりました。
紅葉には少し早く、ダケカンバやブナの葉がかなり残り少なくなっている樹が多く観られました。
情報では、今年の紅葉は今一とか。
夏山がなかったのに、秋山をどうしてくれるのだぁ!

今日は黒姫に行こうと考えていましたが、これでは目的のブナ林も・・・。
体調調査も思惑通りの結果が出ましたので、今回の紅葉・黄葉見物は延期?中止?と結論つけて、帰宅となりました。
今日も暖かく半日は晴れそうな予報でしたが、黄葉が綺麗な頃に出かけましょ。

皆様の声援・応援のお陰で、楽しい夏山?秋山?遊びとなりました。
本当に有難うございました。
我が家にとっては珍しい晴れの3日間となりそうだったのですが。
まあ、今回は体調調査が目的ですから!
と時季が合わなかった事の負け惜しみを。


長々と3連荘で速報でした。
本荘レポは、暫くのお待ちを!


では、また。

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今日は、こちらから。

今日は、こちらから。
今日は、昨日の山をお隣の山から。
ドピーカンで富士山、北アルプス等ぐるりと!
続いての山は、思案中でやんす。
フーフーありがとうございました。

*******    以上モブログでした。    9/29,10/3追記



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2日目の山は、こちらでした。



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そして、昨日のお隣の山。(右から2座目)
そうです、火打山でした。
皆様の応援のお陰で、天気が良くてかなり暑く夏山の様な気がしました。
でも、そよぐ風は涼しく、やっぱり秋ですね。


と、こちらも速報でした。

                     10/3追記

・ レポができあがりました。

 ・カルディナのレポは、こちらです。

 ・カル2のHPは、こちらです。

       是非、ご覧下さい。


では、また。

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昨日は、こちらに!

昨日は、こちらに!
昨日もピーカンでした。
皆さんのおかげで山遊び楽しんています。
でも、紅葉は、・・・。

*******    以上モブログでした。   9/29,10/2追記



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高谷池周辺の紅葉は、こんな感じでした。
今年の紅葉は、若干早めとなるとかだったのですが。


とりあえず速報でした。
レポは、暫くお待ち下さい。

                     10/2追記

・レポが出来上がりました。

 ・カルディナのレポは、こちらです。

 ・カル2のHPは、こちらです。

     お読み頂けると嬉しいです。


では、また。

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越後の狛犬さん その22

3月26日に天使の狛犬さんをご紹介した続きです。

その天使の狛犬さんのレポは、こちらです。
従って、今回は昨年3月26日の狛犬さん詣で、その4となります。



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柏崎市桜木町の悪田稲荷神社(天使の狛さん)から北に向かいました。
鯖石川の安政橋渡り、松波の住宅街に入りこちらにお参りでした。
悪田稲荷神社から直線で北へ1㌔足らずの位置です。

 柏崎市は鵜川や鯖石川と日本海が作り上げた荒浜砂丘(刈羽砂丘)上に発展したとの事ですが、何処に行っても砂地ですね。
特に前2社(春日神社・悪田稲荷神社)やこちらの境内は、海に近いからでしょうか?砂地が厚いような感じでした。
 この後、海岸線沿いの神社を巡るのですが、平成十九年(2007)七月六日に発生した新潟中越沖地震の影響が甚大で、家屋の倒壊などかなり激しかった様です。
2年半を過ぎても、その修復作業が続いている状態でした。



・諏訪神社(柏崎市松波1-4)


祭 神 建御名方富命 (たけみなかたとみのみこと)
       八坂刀売命    (やさかとめのみこと)
 (合祀神)
  宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)

・由緒伝来
  享保五年(1720)の創立と伝えられる。
伝承によると、塩の製造を営む信州の粉糠伝蔵なる者が、郷里から健御名方命を勧請し諏訪神社を奉斎したのが発祥という。
大正二年(1913)に字諏訪山の稲荷社と字元諏訪の諏訪社を合併した。
社殿は、昭和六年(1931)に建立された。


訪れると春日神社や悪田稲荷神社と同様にほぼ修復が済み、境内は静かな雰囲気でした。

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一の鳥居を潜り参道を進み、道なりに右に曲がると・・・。
二の鳥居の柱になんとも巨大な浮き彫りが。震災により笠木部もかなり破損したとの事ですが、綺麗に修復されていました。

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拡大しますと。写真は拡大できます。

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鳥居の奥に、チラチラ?と何やらおわしますよね。
はい、そうです。“越後の彫刻師、小川由廣の手彫りのライオン像”です。
(柏崎神社や悪田稲荷神社にも奉納されていますよね。因みに、柏崎神社は昭和三年、悪田稲荷神社は昭和十七年に奉納)
上の2枚の写真でお気付きの通り、鳥居の脇で阿吽が向かい合っていました。阿ライオンは昭和十一年(1936)十一月、吽ライオンは昭和十二年(1937)九月の彫りがありました。

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更に参道を進むと狛犬さんが出迎えて?くれましたが、先ずはお参りでした。本当かな???

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何と拝殿の屋根の上には、鬼瓦ならぬ鬼鯱?が。

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では、狛犬さんのご紹介と致しましょう。
台座には、「大正四年(1915)四月」と「四拾貮歳記念建立」の彫りがありました。

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参道の両脇には、初めて出合ったような気がする2種類の石灯籠もありました。

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拝殿寄りの低い方の灯篭には、鯛や力強そうな力士が浮き彫りされており、台座には 「記念 四十二才厄祝會」 の彫りもありました。

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そうそう、境内の片隅には、こんな美人?女神様も。
籠には、魚らしき物が入っていました。

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こちらの諏訪神社のお参りを済ませフッと空を見上げますと、鶴の群れが渡っていました。写真では、小さくて判別できませんね。
しか~し、この時季の空の加減は・・・。

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続いて、海沿いの352号線を1.7~8㌔ほど北上しまして、こちらの諏訪神社へ。




・諏訪神社(柏崎市荒浜3-8)



祭 神 建御名方富命 (たけみなかたとみのみこと)
       八坂刀売命    (やさかとめのみこと)

・由 緒
 創立年代は不明である。はじめ字諏訪の地に鎮座していたが文禄三年(1594)に現在地に遷座した。
明治四十五年には字青山の稲荷社(文禄五年〈1596〉創立)と字仲裏町の天神社(延享元年〈1744〉創立)を合併したという。
(合併社のうち青山の稲荷社の由緒が現在荒浜四丁目に鎮座する 青山稲荷神社の由緒と酷似しているとの事ですが詳細は不明。)
柏崎市史には境内社として稲荷社(享和元年〈1801〉創立)、稲荷社(文政七年〈1824〉創立)、龍神社(大綿津見神を祭り文化元年〈1804〉創立、昭和二年に境内の金刀比羅社を合併)が載っている。との事です。




こちらの諏訪さんは、社殿など全体の修復工事中でした。
遠慮をしながら、少しだけお邪魔してお参り。

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鳥居の脇を通り参道に乗ると、直ぐに年齢不明の狛犬さんがお出迎え!
姿勢の良い笑顔がとっても素晴らしい阿像で、背中に子獅子を1頭遊ばせていました。

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吽像は、2頭の子獅子と一緒でした。
震災の際に阿像が台座から転落してしまい、心配になった吽像は我が子を抱きしめながら見つめていた。 との事ですが、何故か1頭だけ抱きしめて居ますね。
んで、そのまま固まってしまったのかぁ???

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愛嬌のある狛犬さんの拝殿側に、大正五年(1916)四月と彫りのある1対の立派な台座のみがありました。こちらの上物は何だったのでしょうか?

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では、参道正面の拝殿をご紹介。
やっと屋根が葺けたばかりの様でした。

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拝殿から右の方へ進むと、小柄な狛犬さんや石祠がたくさん並べられていました。
石祠の左手に4体、右手に2体の狛犬さんが。
もちろん、すべて年齢不明でした。

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左手側の狛犬さんです。
1番右手の阿像が見張りの当番で、他の3体は寄り添ってお休み中?

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右手側の狛犬さんです。1対の様ですね。
仲良くお話中?でも、ちと怖い。

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石祠と拝殿の間にお社が。稲荷社でしょうか。

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社の右手に何やら置かれていました。
亀さんの飾り蓋でしょうか?

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社の左手には、鯱の飾り瓦でしょうか?
通常1対ですから、1体は修復中なのでしょうね。
その台になると思われる瓦がありました。

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工事中の境内をお邪魔していますので、短い時間で移動を開始となりました。
国道352戦を更に北上。刈羽の原発を過ぎて、椎谷の観音岬へ向かいました。
以前こちらにお邪魔した時は、中越地震の震源地に限りなく近く、その影響の土砂崩壊により通行止めとなっていました。
国道は修復が済み、迂回路として綺麗なトンネルも出来ていました。




・香取神社(椎谷観音堂)
       (柏崎市椎谷1583)


・祭 神 経津主命 (ふつぬしのかみ)

・由緒・伝来
 元禄十一(1698)年、第4代椎谷藩主・堀直宥(なおさだ)は、上総から越後国蒲原三島二郡に転封されて1万石を領し、大坂の陣による軍功により陣屋を置かれていた椎谷に居住したのが正式な椎谷藩の始まりだそうです。
そして、堀直宥が上総からこの椎谷へ転封された時、元領地内の下総・香取本宮より勧請し、椎谷部落の鎮守と定めて香取神社が建てられた。
寛政十二年(1800)に領分21ヶ村の庄屋より寄付10両を以って本殿を再建。天保十一年(1840)、現在の拝殿を造営。
明治以降にも約200戸の氏子によって、神輿舎造営や拝殿の改修が施された。



かなりの段数がある椎谷観音(華蔵院〈けぞういん〉)への石段途中に在りました。
こちらも先ずはお社の修復から手をつけ始めた様で、有名な鳥居や石段などは崩れ落ちたままとなっていました。



拝殿は修復作業中で、多くの資材がブルーシートにより覆われいました。
こちらでもやっと屋根が修復出来た所で、内装に取り掛かり始めていました。

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狛犬さんは、境内の片隅に杉の落ち葉に囲まれて置かれていました。
年齢不明の狛犬さんです。

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直ぐ脇に、何とも変わった飛び狛犬さんが1体。
上の狛犬さんとサイズがあまり違いませんので、屋根の上に置かれていたのではないようですね。
狛犬さんも、奥が深いですね~ぇ。

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椎谷観音堂の境内に、こんな大きなケヤキが。
柏崎市指定天然記念物だそうです。

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そして、何故だか覚えておりませんが、椎谷観音堂のお堂を撮ってくるのを忘れていました。
でも、これだけは死守?

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こんな感じの昨年3月26日の狛犬さん詣で、その4のレポでした。
知らない土地を歩むと何とも不思議?嬉しい?出逢いがありますね。
今回特に印象的なのは、あれとあれ。そしてあれとあれもかな?




その4は、これで終了となります。



狛犬の写真は、
カル2の狛犬さん写真集の中に沢山掲載しています。  

写真集は、こちらです。

どうぞ、ご覧下さい。




・越後の狛犬さん その21は、こちらです。

・越後の狛犬さん その23は、こちらです。



越後の狛犬さんシリーズもまだまだ続きます。
いろいろと面白い方々が登場します。
次回は、海岸線を更に北上します。お楽しみに!

これからも、是非お立ち寄り下さい。

では、また。

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ご近所の狛犬さん その34

3月11日に東日本大震災が発生。そして、人災である原発事故と未曾有の出来事が続いてしまいました。
もう既に半年を過ぎたのですが、いまだ震災の復興も出来て?始まって?おらず、原発の放射能も垂れ流し・放出状態。
政治家も官僚も、そして責任ある企業人?経営者?等の執る道って何なのでしょうか?
子供たちが大人になった頃のこの国の将来は、どうなってしまうのでしょうか?
小さくても良いから、声を出さなくては!
と、グダグダと書き始めてしまいました。


震災から半月ほど過ぎて、既に上がっていた「越後の狛犬さん その21」を修正し、下の写真の天使の狛犬さんをアップしました。
この子と一緒に、不幸にしてお亡くなりになられた方のご冥福をお祈りし、被災された方の笑顔の素になれば。との思いでした。
その記事は、こちらです。

写真は、全て拡大できます。

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やっと狛犬さんシリーズの再開です。
ご近所の狛犬さん その34からは、我が町のレポも第4コーナーを回ります。
取材は2010年3月8日でして、もう1年半も過ぎてしまい記憶が若干不鮮明になってしまいました。
従って錯誤箇所が多々あると思いますが、ご容赦の程を。

では、ご案内です。
藤沢市の北西部・国道1号線の北側で、茅ヶ崎市や寒川町に接している地帯です。
今回も地元の神社巡りですので、狛犬さん不在社や庚申塔のご紹介も混在します。

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東海道線の辻堂駅から北へ向かい、大庭トンネルを抜けた左側から始まりとなります。
不在社を2社巡りまして、3社目から。



・熊野神社(大庭神社旧跡)
      (藤沢市大庭1846)


・祭 神 熊野久須比命  (くまのくすひのみこと)

・由緒伝来
 由緒:創立勧請年代は不詳で、寛政十二年(1800)再建の棟札が保存されているとの事です。
 大庭神社旧跡で、延喜式内社の大庭神社のあった場所だといわれています。
 延喜式内社とは平安時代醍醐天皇の頃に作られた延喜式と言う法律の神名帳に載る神社の事で、神奈川県内に武蔵国に一座、相模国に十三座あります。


最近では忘れ去られているような、何とも寂しい感じの神社でした。
石段を登ると、山崎六兵衛雅彦が寄進した天保四年(1833)十二月造之と彫られた鳥居があり、その右脇に大庭神社舊趾の石碑や朽ち始めた案内板がありました。
御霊社権現社とも呼ばれているとの説明も書かれていました。

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こちらの境内には残念ながら狛犬さんは不在でしたが、石段が何とも趣がありご紹介となりました。
その石段は柔らかな撓みのある・味わいのある古い物で、正式な名称は判りませんが石段を登りきった右手に石柱(礎石?)があり、文化七年(1810)八月十九日の彫りがありました。 

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かなり昔からの神社を訪れて、その昔に思いを馳せてみました。
で、大庭神社舊趾の熊野神社をご紹介したのですから、続いて遷祀された大庭神社のご紹介です。


この近くに大庭城址がありまして、その関係からか?神社仏閣が多く見受けられます。

※ 大庭城
 
平安時代末期の大庭景親の頃から、軍事拠点として使用されていたとの事です。大庭景親の居館は、大庭の城(たて)と呼ばれているあたりにあったという説もあり、室町時代十五世紀後半、扇谷上杉氏の頃に本格的に築城され永正九年(1512)北条早雲に攻略される。北条氏が豊臣秀吉に滅ぼされて廃城となった。藤沢史誌より


熊野神社から東に進み、引地川を渡り親水公園の中を抜けると鳥居が見えました。
1㌔ほど離れた引地川の対岸に位置します。



・大庭神社(藤沢市稲荷998)


・祭 神  神皇産霊神 (かんみむすびのかみ)
       菅原道真  (すがわらみちざね)
              大庭三郎景親  (おおばさぶろうかげちか)

・由緒・伝来
 当大庭神社は御祭神として広古神皇産霊尊を奉祀し延喜式内郷社なり 藤沢市稲荷998番地に鎮座せらる相模十三社の一にして小社に列せられ当地は往古より旧地なりと伝承す 当社配神大庭三郎景親公は第118代後桃園天皇の御代安永六年十月神祇白川従二位資顕王に依って勅許せられ同じく配神菅原道真公は第119代光格天皇の御代天明三年秋 地頭諏訪部定太郎 名主山崎六郎兵衛包高等の願に依リ勧請せられ 霊験灼にして普く庶民の守護神であり氏子崇敬者の支柱の神と世代に伝えられます
 昭和五十四年九月十三日  社頭掲示板より

とありましたが、参詣の栞には
・由 緒
 創建年代不詳。配祀神・大庭三郎景親公は、安政6年(1777)10月に神祇伯従二位資顕王に依って勧請せられ、同・菅原道真公は、天明3年(1783)秋、諏訪部定太郎、山崎六郎兵包高等の願に依って配祀された。

延喜式神社の調査には
 周辺には宿庭(鵠沼)、代官庭(福田)、家中庭(葛原)、上庭、中庭、下庭(菖蒲沢)など「庭」のつく地名が多い。それらの地域は平坦な場所を指している。大庭も広大な平坦地という地形が地名となつたものであろう。
創建以降、近世までの社伝は何も存在しない。
安永6年(1777)10月に神祇伯資顯王によつて配神大庭景親が勧請され、天明3年(1783)秋に諏訪部定太郎、山崎六郎兵衛包高らの願によつて菅原道真が配祀されたという。
神仏分離まで大庭神社の裏手の成就院が管理していた。とも。

はてさて、由緒伝来の難しい話は置いといて。
残念ながら、こちらも狛犬さんは不在でした。

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石段を登り参道を左に折れますと、割合に広い拝殿前庭で鐘楼もありました。

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狛犬さん不在社2社の特別出演でした。
続いて、引地川の左岸(川下に向かって左側)沿いを7~800mほど北上。
引地川対岸の変電所が近くなった三叉路の右角。



・聖ヶ谷の道祖神(藤沢市大庭7922付近)


双体庚申供養塔と道標としての庚申供養塔がありました。

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聖ヶ谷の道祖神の案内板はこちらです。

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双体庚申供養塔には、嘉永二年(1849)と読める彫りがありました。

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そして、もう1基の庚申供養塔の向かって右側面には、文政十一年(1828)十一月吉日の彫りがあり、同じく左側面には 左ふじ沢 右ひき志 と道標の彫りもありました。

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とまあ、3箇所とも狛犬さんのご紹介がなくてこのまま終了となりそうですが、不在社をもう1社巡りその後やっと狛犬さんをご紹介できるこちらに。
という事で、結果的に聖ヶ谷の道祖神から北の方向1.4~5㌔位の移動でした。



・諏訪神社(藤沢市石川5-35-12)


・祭 神 武御名方命 (たけみなかたのみこと)
      八坂戸売命 (やさかとめのみこと)

・由 緒  詳細は、不明です。


境内が周辺の道路よりも一段高くなっており、鳥居の脇の擁壁に多くの石仏や石塔が祀られていました。
神社の石段手前の左側の木祠に入って、 左から庚申塔、双体、秩父文字碑、 右側の木祠との間に「お袋さん」の石と五輪塔の残欠、 右側の木祠には地蔵が2基 、その右側に石臼、五輪塔の残欠等など。
その中の1番左の木祠を紹介します。

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宝暦八年(1758)七月と彫られた双体庚申供養塔。

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その左の享保三年(1718)十一月吉日と彫られた庚申供養塔と。

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鳥居を潜り石段を登ると、かなり広めの境内でした。

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更に一段高い位置に、拝殿や狛犬さんが。

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そして、”やっとホルダから出してもらえた!”と喜んでいる、昭和七年(1932)三月二十七日生まれの狛犬さんです。

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そして、その右隣には山王神社も建立されていました。

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少し長くなってしまいましたが、藤沢市編の第4コーナーを回ったご近所の狛犬さん その34、初めて狛犬さんが登場しておしまいとなります。
長々とお付き合い誠にありがとうございました。
藤沢市内の狛犬さん詣では、怒涛の如くまだまだ続きます。


狛犬の写真は、カル2の狛犬さん写真集の中に沢山掲載しています。  

どうぞ、ご覧下さい。



・ご近所の狛犬さん その33は、こちらです。

・ご近所の狛犬さん その35は、こちらです。


では、また

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今日は、こちらに。

今日は、こちらに。
二子山の見えるこちらに、ご先祖様のお参りです。

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ちょっと遠目のお散歩!

ちょっと遠目のお散歩!
今日は、この娘に逢いに!
少し早過ぎた。

*******    以上モブログでした。   9月16日追記

今日は、少し遠目の所をお散歩。
場所は裏丹沢で、シカさんやヤマセミさんに面会でした。

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丹沢好きな方には、直ぐに判ってしまいますね。
ミニクマさんご夫妻とご一緒でした。
空は夏色、風は秋色の中を日陰を選んで花めぐり?でした。

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先ずは、ツルニンジンのジイソブ(爺蕎)を見つけました。
近類にバアソブも有りますが、もう少し花の色が強いですよね。
兎に角、変わった花で蕾の時や花後に実を見ても何だか判らないかも。
(写真は、クリックで拡大できます。)

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崖を眺めてギボウシや草紅葉をパチリ、道端を眺めてはクサボタンなどをパチリの道中でした。

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孫右衛門沢の滝は、水量が多い事!

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いつもなら水が滲むくらいの沢にも滝が。

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林道を暫く進むと、更に歩みが・・・。
やっと、目的のあの方が。

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そうです、目的のこの方です!

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と言う事で、直ぐに目的地に着きましたので、この娘たちをご紹介します。

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訪れるのが少し早すぎた様子。前回は少し遅かったので調整をしてみた結果です。
周辺の花の状態を少しだけご紹介。

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今年の株は大きく、時期さえ合えば綺麗な姿と出会える事でしょうね。
十分にフジアザミを楽しみ帰ります。


この付近は林道の土砂崩壊整備の関係で、重機により路肩の殆どのフジアザミが潰れていました。
以前の状態に戻るのにはかなりの時間が必要でしょう。

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依然来た時は足の踏み場もない位に花が咲いていましたが。
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以前の写真です。手前の足元にはワンサカと。 



気を取り直して河原へと続く登山道を少し降りて振り返ると、こんな雰囲気でした。

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大雨による崩落により荒れた林道も、かなり人手が入って歩き易くなっていました。

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そうそう、途中でこの子が見送りに出て来てくれました。

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帰りはやや下り坂で、皆さん左右を確認しながらご快適な歩き。
山椒の実やサルナシ、クマミズキやクマシデ、そしてキブシの実なども見つけていました。

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もちろんカル2も河原を覗いたり、木の実を探したりしましたよ。

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で、最後にお約束のこれっ!

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              サルナシ


そして、コナラと◎カシ&モミジだすっ!

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こんな感じの少し遠目の3時間ほどのお散歩でした。
山は見るだけでも良いですね。でも登るともっと良い!
暑い日が続いていますので、河原で水遊びも良いかも。
さてと、黒岳周辺のレポは、どうしましょうかね?


順番が違ってしまいましたが、お散歩レポでした。
では、また。

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今日は、体力測定を!

今日は、体力測定を!
重力に逆らった写真で見にくいですね。
これを眺めながら!

*******    以上モブログでした。   9/13、18追記

13日早朝から、山梨の湯の沢峠~小金沢山を歩いて来ました。

取り合えず、お知らせのみを掲載します。


朝一に焼山林道を進むとかなり水が流れた跡があり、先日連続した豪雨の大きさが想像出来ました。
林道の一箇所は路肩がかなりの角度で崩れており、これは規制が入るかな?と思いながら峠の駐車スペースへ。

山遊びを楽しんで下山。
すると、駐車している各車のフロントに2枚の紙が。

1枚目は、これ!

やはり、林道の規制のお知らせでした。

011_6

 

たぶん本日(9月14日)からは焼山林道は閉鎖されていると思います。


そして、もう1枚がこちらでした。

Image22_2

春先にこの林道の下の方で目撃情報がありましたが、 未だこの界隈に居ついている様子ですね。
出没場所は不明ですが、綺麗なこの紙の裏面に書いて知らせて下さったので、役所関係?山関係?の方でしょう。

Image31_2

降りて来てからの情報ですが、有難いことです。

有難かったことが、もう一つ。
下山後、20分ほどで激しい雷雨に見舞われました。
これもお陰さまでクリア。
何とも恵まれた山遊びの1日となりました。


取り合えず、焼山林道通行止めのお知らせでした。
当ブログに掲載しても・・・。と思いましたが、どなたか1人にでも参考になればと思いまして。


で、体力測定の山遊びのご報告でした。

*******                   9/18追記

山遊びのレポが出来ました。

 ・カルディナのレポは、こちらです。

 ・カル2のHPは、こちらです。

    どうぞ一緒にご覧下さい。


では、また。

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名月や・・・?

名月や・・・?
談合坂でダンゴを食べながら!
でも、満月が見えるかな?

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