初山遊びはこちらでした ’11.01.27.
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昨年10月9日に、ご近所の狛犬さん その29を上げてからかなりの月日が過ぎてしまいました。
怒涛の藤沢市編が続く予定でしたのに。![]()
飛び込みの記事が沢山で。との言い訳です。![]()
と言う事で、国道1号線の藤沢バイパス付近までごは紹介出来ていますので、その続き昨年の3月5日の藤沢・町田線沿いの狛犬さん詣でのレポです。
467号線の亀井野付近から北上してみました。
3社巡るも狛犬さんは不在でして、何んとも不安な感じを抱きながらこちらにお参りでした。
・地神社 (藤沢市亀井野2-36)
こちらの神社は、周辺の土地区画整理事業に伴い境内が地神の森公園となり、その片隅に残された感じの社でした。
境内=公園?は周辺よりやや高く、コナラ、ムクノキ、エゴノキ、ヒノキなどの樹木に覆われていました。
その境内?公園?では、先輩諸氏がゲートボールに勤しんでいられました。
・祭神 埴山姫命 (はにやまひめのみこと)
・由緒
創立年月不詳。寛政年中岡部庄九郎知行の内にて、山林安全、五穀成就を祈願せりと伝う。文政9年再建。大正12年9月1日関東大震災により社殿倒潰。大正15年9月再建。
鎮座地を含む周辺の土地区画整理事業執行に伴い周辺の住宅化が進み、平成4年社殿を改築境内整備を実施した。神社庁史料より
社殿は、住吉造りと言うそうです。
この界隈では珍しい建築様式ですね。
境内の片隅には、『山之神』や『地神社』の石碑も祀られていました。
地神社のお参りを済ませて更に小さなお社に立ち寄りながら、湘南台方面に北上。続いて町田線の東側のこちらです。
・今田鯖神社 (藤沢市湘南台7-201)
藤沢市と横浜市の境を流れる境川流域には、さばと読まれる神社が12社あります。既にご紹介済みの石川の佐波神社も含まれており、2社目のお参りでした。
古くから七さば巡りと言って、一日でこの内の七さばをお参りすることで疱瘡、麻疹(はしか)、百日咳などの悪病除けになると信仰されていた様です。
・祭 神 源義朝 (みなもとのよしとも)
・由 緒
創立は、元禄十五年(1702)。当地の住人井上瀬兵衛により造立される。祭神源義朝が佐馬頭であったことから鯖神社と称する。
文政九年(1826)に再建し、昭和八年(1933)本殿・拝殿が改築される。
平成七年(1995)八月に、放火により昭和八年(1996)建立の社殿が消失。 平成九年(1997)再興するも、同十三年(2001)再度不審火により社殿・御神体が消失。同十四年(2002)新社殿に新たな御神体を納め再興した。
境内案内板より
車止めのある参道の入口の鳥居に鯖神社の扁額がありました。他のさば神社には見当たらないそうです。
さば神社めぐりの方がお参りされていましたので、暫し歓談。その後境内を一巡り。
社殿の後ろに、1対の石塔がありました。何なのかは不明です。
左手には、荒神社が祀られていました。
荒神様は、火や竈を祀り不浄災難を除く神様です。昭和八年の社殿新築の際に、今田村南部から遷移されたそうです。
祠の石碑には、元禄五年(1692)九月井上氏、石井氏の銘文があるそうです。
そしてその手前・鳥居側には、嘉永四年(1851)十月の彫りのある手水鉢や石碑も並べられていました。
更に5~600mほど北上しまして、湘南台5丁目と接している高倉の小栗のこちらへ。
・稲荷大明神 (藤沢市高倉277)
こちらには狛犬さんは不在でしたが、双体庚申供養塔が祀られていましたのでご紹介。
小高い土地に小さな赤鳥居とお社などが在るのみで、由緒などの詳細は不明です。
石段の脇に庚申供養塔が祀られていました。
その側面に、寛政十年(1798年)や寛保と読める彫りがありました。
双体庚申供養塔には、延享三年(1746)建立の彫りや維持文政十二年(1829)の彫りがありました。資料によりますと、昭和四十二年(1967)に復元されたそうです。
と簡単なお参りを済ませて、更に北へ1キロほどの高倉中学近くに移動でした。
・七ツ木神社 (藤沢市高倉1128)
鯖神社でご紹介しました、さば12社の1社です。
元は『鯖明神社』・『鯖神社』と呼ばれていたそうです。
如何にも鎮守の森と言う雰囲気の広々とした静かな境内でした。
・祭 神 源義朝 (みなもとのよしとも)
(左馬頭義朝(さまのかみよしとも)
・源頼朝や義経の父)
・由 緒
文禄年中渋谷義重崇敬厚かりしと伝う。文政9年(1826)再建。大正13年(1924)氏子中にて拝殿改築す。相模風土記に七ツ木郷鯖神社と記せるは当社なり。往古より鯖神社と称せるを明治初年七ツ木神社と改称す。神社庁資料より
参道入口には、多くの石祠や石塔などが祀られていました。
入口左手の土手に、「蠶(かいこ)神社」の石碑、その手前に道しるべの庚申塔がありました。後ほどご紹介します。
木々に囲まれた石段を登ると1対目の狛犬さんのお出迎え。かなり広い前庭の奥に少し小さめの狛犬さんがお使えしている拝殿がありました。
1対目の狛犬さんは、大正九年(1920)十月十三日生まれでした。
阿像の子獅子は、”なんか変な人が来たよ~ぉ!”と親の懐に逃げ込んだような感じでした。
親獅子達は、笑っているのか?”ウ~~~ッ!”と威嚇しているのか?![]()
そして2対目の40cm足らずの可愛い狛犬さんは、平成十二年十二月吉日生まれでした。
拝殿を背に右手=参道の鳥居を潜り石段を登った左手に石段があり、その石段の入口には、養蚕組合記念石廟が在りました。前述の「蠶(かいこ)神社」の石碑と一対を成すものと思われます。
先ずは、「蠶(かいこ)神社」の石碑の写真から。
続いて石廟。破風の正面に「護蚕祠(ごさんし) 」(カイコを護る祠)と記されています。廟身の背面には「大正十二年四月吉日 建之」、左側には「下高倉養蚕組合 創立拾周年紀念」と彫られていました。
こちらの詳細は、「広報藤沢」に記事がありますので、こちらをご覧下さい。
その石段を登ると稲荷社や石碑がありました。
左から、三笠山天皇、御嶽山座皇大神、八海山神皇。
そして、冒頭にご紹介した参道入口の庚申塔です。
右側面には、安永八年(1779)十一月吉◎や、東とつか道、の彫りもありました。
何故か左側面の記録がありません。
何方か参拝の折には、是非ともご確認を!![]()
こんな感じの3月5日の第1弾は終了です。
が、地元の狛犬さんシリーズは、まだまだ続きます。![]()
狛犬の写真は、カル2の狛犬さん写真集の中に沢山掲載しています。
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毎年1月の8日頃に鶴岡八幡宮へ新年のご挨拶にお伺いをしていますが、今年は三連休の初日で混雑が予想されます。
従って、混雑を避けるために11日に参拝でした。
この頃は参拝客も少なくて良いですね。
きっと神様もゆっくりとお願いを聞いてくれるでしょう。![]()
どなた?”神様はお疲れで、お昼寝中だろう”などと水を差す方は!![]()
倒れてしまった公孫樹は、皆さんの応援により元気にヒコバエを沢山延ばしていました。
もう少し時を空けて様子を見ないといけないのでしょうが、何となく安心しても良いような?
と、恒例となっています鶴岡八幡宮初詣の簡単レポでした。
続きまして、日を改めた1月20日こちらへ散歩。
・俣野公園と天王森泉公園
久し振りの近所の散歩です。
目的地に行く途中の小さな雑木林で、コンコンコンと言う小さな音が。
周囲を探してみると、3~4羽のコゲラがお食事中でした。![]()
コンデジですので、切り取ってみましたが・・・。
雑木林の直ぐ上には、こんな建物が有ります。
閉園したドリームランドの元ホテルは、薬科大学の図書館になっているとか。
その隣りが俣野公園ですが、チョイとこちらにお立ち寄り。
相州春日神社です。
お参りではなくて、鹿さんに面会です。
”
が鹿さんに面会か?”って思った方はだれ!![]()
鹿さんが頭を振ったりお辞儀をしたりと愛嬌を振りまいて、鹿煎餅をねだります。
牛タンならぬ、鹿タンが長くて暖かかった事!![]()
そして清らかな瞳が可愛いですね。誰かの瞳みたい?![]()

続いて、道の向かい側の俣野公園に入ります。
公園の詳細は、こちら又は、こちらをご覧下さい。
とても広くて、子供達が遊ぶには最高ですね。
池もありまして時季によってはカワセミが飛来して、池の中央の止まり木で小魚を狙うそうです。
太い大きな樹木が植えられていました。
休憩後、700mほど北方の天王森泉公園へ。
こちらは、見晴らしの丘~湧水の森とくわくわの森との2つに分かれていました。
下の地図を拡大してご覧下さい。

見晴らしの丘は季節柄か?モデルが悪いからか?何だかな?でした。馬酔木のツボミが膨らんでいて、春を待ち焦がれている様子。
見晴らしの丘から降りて行きますと、移築された旧清水製糸場本館入口となりました。
その左奥が湧水の森となります。
湧水の森には、名前どおりに湧水や短いですが小川や小さな池もあり、初夏にはホタルが舞うそうです。手入れの行き届いた花壇に、かなりの数のカンザキアヤメが咲いていました。
少し狭い園内ですので、サクッと周りお隣へ。
くわくわの森です。
昔は何所にでもありました雑木林です。
ナラやクヌギが沢山残っていて、夏には数多くのクワガタムシが見付かるそうです。但し、こちらの動植物は採取禁止となっていました。
下草などの手入れが行き届いていましたが、歩道の殆どが舗装されていたのが少しざんねんでした。補修の関係でしょうか?
林相を眺めながら、新緑や黄葉の景色に思いを馳せながら楽しんで来ました。
帰り道の境川親水公園のそばから振り返ると、雑木林が綺麗に見えていました。
この後は、境川沿いに我が家へと帰還でした。
これで、1月20日の20000歩越えの散歩レポは終了。近場でも、少し探せば案外と良さそうな所が在りますね。
こんな感じの初詣と久し振りの散歩の簡単レポでした。
ポチがいる頃でしたら、ポチのエントリのお駄賃?として貼り付けるのですが、残念ながらそれが出来ませんので2つまとめて記事を作成しました。
ご近所の狛犬さんの記事も出来上がっているのですが、狛兎さんの記事を下げたくなくて躊躇していました。
もう直ぐ、怒涛のご近所の狛犬さん藤沢市編が再開です。
但し、怒涛と書きましたが、どんな大きさの波となりますやら。![]()
お楽しみに!![]()
では、また。
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干支に因んで、今年は浦和へ初詣。
電車の都合で予定の順序が逆となりましたが、先ずは南浦和から。
南浦和~浦和の一駅散歩。と、どこかで聞いた事がある様な?
顎・足は自前の散歩ですがね。![]()
そうです、今日は公共交通機関を使用しました。
南浦和駅で下車、駅の南東方向に進みました。
先ずは、大谷場氷川神社に詣でましたが、目的でした干支の兎さんからご紹介。
・参拝順序は、大谷場氷川神社→調神社→
本太氷川神社→大善院でした。
ご紹介は、調神社・大谷場氷川神社・本太氷川神社・大善院の順序となります。
珍しい狛雉さんがお住まいの大谷場氷川神社は、調神社の次にご紹介します。
・調神社(さいたま市浦和区岸町3-17)
「調神社」は正式には「つきじんじゃ」と読むそうですが、地元では「つきのみやじんじゃ」と呼んでいるそうです。
・祭 神 天照大神(あまてらすおおみかみ)
豊宇気姫命(とようけひめのみこと)
素盞嗚尊(すさのおのみこと)
・由 緒
「調宮縁起」によれば、第十代崇神天皇の勅命により創建。調とは「租・庸・調」の調で、伊勢神宮へ納める貢(調)物の初穂を納めた倉庫群の中に鎮座していたと伝わる。(鳥居無きはその為と伝わる)平安時代に編集された「延喜式」に記載される武蔵国四十四座のうちの一社である。
中世、調が月と同じ読みから、月待信仰に結びつき、江戸時代には月読社とも呼ばれ、月神の使いとされる兎の彫刻が旧本殿や現在の社殿に、狛犬の代わりに兎の石像が境内入口両側にある。
神域は約一万二千平米。欅、銀杏の大樹が鬱蒼と茂る鎮守の杜と、江戸時代末に建立の権現造の社殿が、悠久の歴史を今に伝えている。
毎年十二月十二日には「十二日まち」が開催。
神社では「かっこめ」を領布、境内を中心に縁起物の熊手をはじめ様々な露店が立ち並び、近在からの人手で賑う。
御利益は、運否天賦の「ツキはツキを呼ぶ」との謂れから、幸運を授かる信仰とされる。 社頭案内板より
正面の入口には鳥居がありませんでした。
調神社の由来には諸説ありますが、有力なのは伊勢神社へのみつぎ(御調)の倉庫から発生したという説。その稲穂を運び込むのに障害になるので鳥居がないとの事です。
その入口を入ると直ぐに万延二年(1861)三月生まれの狛兎さんが。
阿吽とも子持ちで口は閉じている様な?吽像の傷みがかなり目立ちました。
時季的に有名な神社では多くの屋台が・・・。
狛兎さんや案内板までもがその幕の陰に。
案内板は、屋台の幕をそっとまくって・・・。![]()
うしろ姿もチョビッと見えるシッポや耳が可愛い!そして木鼻の狛犬さんも。

↑ウサギさん
左右の灯篭?にもウサギさんが。
見えますかね?写真はクリックで拡大します。

こちらの神社は本当にウサギ関係が多いですね。
舞殿には、大きな白ウサギの絵馬が
池にはウサギさんが2羽。カメさんは見る事が出来ませんでした。![]()
池を回りこみ、稲荷社へ。
(現在の本殿は安政年間の建立ですが、それまでの本殿は1733年に建てられた一間社流造りで、現在は稲荷社に転用されています)
社殿の両側の廊下と呼ぶのでしょうか?その突き当たりにも透かし彫りのウサギさんがいました。
う~さぎ うさぎ なに見て跳ねる~♪
しかし、これほどのウサギさんに逢えるとは思いもしませんでした。
ウサギさんを十二分に堪能して、移動を開始。
と、ここで最初にお参りをしましたこちらをご紹介です。
・大谷場氷川神社
(さいたま市南区本町1-9)
駅から直線距離、150m位の「ふるさとの森」に隣接していまして、雉子の氷川様・キジの氷川様とも呼ばれているそうです。
・祭 神 素戔嗚尊(すさのおのみこと)
市杵嶋姫命・伊弉冉尊・大山祇命
誉田別尊・菅原道真公・倉稲魂命
国常立命
・由 緒
創立年代は不詳。大谷場の鎮守社。大谷場の地はかつては一面の畑地が広がっており、この杜には古くからキジが住みついていたという。かつてはやしろに足を踏み入れればキジが飛び出してきたために氏子の間で「キジは氷川神のお使い」とされ「キジの氷川様」と称され崇敬されてきた。
当社は江戸初期に社殿焼失の古記録がある。
現在、覆殿の中にある本殿は寛文六年(1666)の造営とされる三間社流れ見世棚造。
当初は三間の神座に「男体」「女体」「簸王子」が祀られていたとされる。
詳細は、下の社頭案内板をご覧下さい。

写真はかなり大きくなります。
石段を登りきった参道の両側に、なんと狛雉さんがお出迎えでした。![]()
狛雉さんのご関係は如何に?
阿像側は、当然にもお父さんと大きくなった子雉ですよね。まさか・・・ではないですよね。そして吽像は奥方と子供達?想像は膨らみます!![]()
そうそう、皇紀2660年(平成十二年・西暦2000年)十二月生まれでした。
で、境内のご案内。
赤い両部鳥居を潜って 拝殿へ。
駅の近くの神社としては境内が広く静かな環境でした。
手水舎の傍らには、大きなユリノキが。浦和市時代に市の天然記念物に指定されていました。推定樹齢100年、樹高21.8m、幹周り3.15mとの事でした。
実際の順序としては、この後狛犬さんは不在の2社を巡り、今回主目的の調神社へでした。
調神社のうさぎさんを堪能して浦和駅の北東方向へと移動しました。
40年程前に週一で訪れていた浦和周辺では浦島太郎でした。随分と大きな建物が増えましたよね。![]()
で、続いてこちらへ。
・本太氷川神社(さいたま市浦和区本太4-3)
元府址(本太)氷川神社とも書かれていました。『もとふと』と読むそうです。境内に児童公園が出来ている、近隣との繋がりが濃い神社の様でした。
・祭 神 建速須佐之男命(すさのおのみこと)
大日孁貴命(おうひるめむちのみこと)
宇賀之御魂命(うかのみたまのみこと)
菅原道真(すがわらのみちざね) 他
・由 緒
今から一千有余年前、武蔵荘國時代に奉祀され、神祇菅領の奉幣をはじめ室町時代の記録を留める宮殿や、又江戸時代初期に修理した旧本殿等の、県指定文化財が鎮座しています。
中世の高塙郷の拠点であり、ふるさとの由来と文化遺産を伝える、この地方きっての鎮守様です。
社頭案内板より
東側の入口に大きな神明系?の赤い鳥居がありました。
参道は直ぐに右に折れて、拝殿へと続きました。
こちらの両部鳥居には「元府跡」の額束がありました。それで「もとふと」との社名や町名が付いたのでしょうか?
鳥居の内側には、「成長祈願 子育て獅子」との案内板がある昭和四年(1929)四月生まれの狛犬さんが。阿吽とも子連れでした。![]()
親の顔のアップ写真は狛犬写真集に載せますが、阿吽とも親子の笑顔が素晴らしかったです。
右の子獅子は大人しそうで鞠と遊んでご機嫌な様子で、左の子獅子は立ち上がって元気が良さそうな感じでした。で、どちらの親がお父さんなのでしょうかね。![]()
優しそうなお父さん?歯が少なくなってしまったからか、笑顔が素晴らしい阿像が特別出演!
”良く来てくれたね~ぇ!”と笑顔で迎えてくれた様な気が。
こちらの境内には、宮殿(くうでん)と呼ばれるものが納められている旧本殿が在りますが拝観できませんでした。
宮殿には当時この地方を治めていた地頭の高埇(たかはな)佐衛門尉盛影が、宝徳3年9月24日に大檀那となってこの宮殿を作り、その大工は新座の次郎三郎で、取持奉行はめんおう寺の僧であったこと、また鳥居も同じ年に建てた事が記されています。この宮殿、旧神社本殿は歴史的価値が非常に高いものとの事です。
詳細は、下の写真をご覧下さい。
かなり広い境内で、上向福徳神(うわむきふくとくじん)が祀られていました。家内安全・商売繁盛とかでした。もちろんお参りをして来ましたとも。![]()
隣りには境内末社合祀殿があり、かなり大きな建物でした。
南側の参道入口をご紹介。真正面が拝殿です。
まだもう1社お参りしようと思いましたが、お昼を過ぎていますのでこれにて終了とし浦和駅に戻りました。
駅への帰り道で「大善院・大聖不動明王」なるものを見つけました。
”お不動さんには居ないよね”と話しながら、ヒョイと覗くと! なんと、小さめですが狛犬さんの後姿が。それでは、とお参りでした。
・大善院(さいたま市浦和区東仲町9-8)
(大聖不動明王・浦和不動尊)
本当に駅前と言って良い場所です。
お不動さんの境内社で三社堂と言う名前だそうです。
年令不明の少し小型の狛犬さんでした。
案外と広い感じがする境内には、鐘楼もありました。
やはり年末年始は混雑したのでしょうね。
こんな感じで、思わぬところで狛犬さんと出会う事が出来ました。![]()
ニコニコしつつも、13時過ぎでお腹が・・・。
駅前でかなり遅めの昼食を済ませて赤羽へ。
湘南新宿ラインに乗り換えて帰宅となりました。
風が少し冷たい日でしたが、念願が叶って狛兎さんに逢えました。そして狛雉さんや笑顔の素敵な狛犬さんや思わぬ所の狛犬さんにもめぐり合う事が出来た初詣でした。![]()
今年も良い年となりそうな予感。そうなって欲しいものです。
駄文に長々とお付き合い、本当に有難うございました。
今回の狛犬さんはご近所さん その30と一緒に写真集に載せる予定です。少々お待ち下さい。
取材した多くの狛犬写真があります、
カル2の狛犬さん写真集は、こちらです。
ご覧いただけると嬉しいです。
・ちょい遠目の狛犬さん その25は、こちらです。
・ちょい遠目の狛犬さん その27は、こちらです。
・特別編・養沢神社の狛龍レポは、こちらです。
次回の
・ご近所の狛犬さん その30は、こちらです。
怒涛???の藤沢市編の続きです。
・越後の狛犬さん その19は、こちらです。
越後の狛犬さんは、柏崎市編です。
こちらも、少々お待ち下さい。![]()
狛犬さんシリーズは、まだまだ続きます。![]()
では、また。![]()
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今日も箱根駅伝の応援に行って来ました。
バタバタとヘリの音を聞くと応援に行きたくなります。![]()
今年は応援の人出が多かったように感じましたが・・・。
3区同様にトップで監督は余裕の表情でした。
東海大
シード権獲得しよ~ぜ!
またもや、監督を撮れなかった。![]()
あの方もかなり力強く応援してました!![]()
監督はやっと少しだけ。![]()
がんばれ~、日大!
そんな・こんなの恒例のお正月行事で、何となく年々暖かくなっていく感じがする2日間でした。
で、応援のお誘いをしてくれた、
姓はミニクマ 名はひめ子ちゃんです。
賢い女の子です。かわいいでしょ!![]()
怒涛の如く登場予定でしたご近所の狛犬さんのご紹介、かなり可愛い音のチャポンの音と共に登場させねば・・・。![]()
では、また。![]()
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新年明けましておめでとうございます。
昨年同様にどうぞよろしくお願い申し上げます。
皆々様の幸せな一年となりますように!![]()
と言う事で、今年も例年通りに大型SC屋上へ。
天気が何だかな~ぁ!でしたが、取り合えずこちらを。
(写真はかなり大きくなります。クリックを!)
ご存知のお山です。
あ~たまを雲~のな~かぁに~いぃれ~♪
箱根の山々から富士山。
肉眼では大岳山や御岳山も見えていました。
是非、写真をクリックしてご覧下さい!
お獅子に頭を齧ってもらい、厄を祓ってもらって来ました。
”ぼく良い子だよ!待て!が出来るんだから~ぁ!”
とヨダレタラタラのご近所のマイクおじさんです。![]()
このまま一年を過ごせると良いですね。
こんな感じの元旦のレポでした。
では、また。![]()
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