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2010年7月

かなり遠目の狛犬さん その2

7月19日の弘前市内のレポで、
かなり遠目の狛犬さん その1の続きです。


最勝院の五重塔や狛犬さんたちを楽しんだ後、こちらへ移動でした。



・弘前公園・弘前城


  弘前城は、二代藩主・信牧(のぶひら)公が慶長15年(1610)に着手し、翌16年に完成。以後、津軽氏の居城として廃藩に至るまで260年間、津軽藩政の中心地でした。
  寛永4年(1627)の落雷により消失。現在の天守閣は文化7年(1810)に蝦夷地警備の功績が認められた九代藩主・寧親(やすちか)公が、隅櫓の改築をし再建された。
 明治28年(1895)に、弘前公園として開放。明治末期頃から市民による桜の寄贈が盛んになり、現在はソメイヨシノやシダレザクラ、八重桜など約2600本が春になると園内を埋め尽くします。 弘前公園資料より


弘前にお邪魔したら、こちらにはどうしても立ち寄らなければなりません。
しかし、駐車場所が見付からず公園の外周を一廻り。どうにか追手門近くに良い場所が見付かり駐車しました。
市民会館ホールや博物館などを眺めながら『杉の大橋』まで行くと工事中で、植物園方面に迂回となりました。


植物園の少し先からの 辰巳櫓

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お堀端の紫陽花が綺麗に咲き、そしてお堀の蓮はやっと咲き始めたところでした。

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大きな東内門です。門の中側に日本最古のソメイヨシノが見えています。

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門を潜ると、太く立派なソメイヨシノが。

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天守です。現在は史料館となっています。

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下乗橋からの眺め

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とっても広い公園で、桜や松の古木が沢山ありました。
桜が咲く頃に是非とも訪れたいものです。

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築城当時の本丸はどんな感じだったのでしょうか?
きっと弘前の町並みや岩木山の展望が素晴らしかったのでしょうね。
この日は残念ながら岩木山方面の展望が?でした。


若干時間が押して来ており、サラリと見学でした。
この後は、明日の入山口と今夜の宿泊場所の確認でした。
入山口から眺めた岩木山は五合目くらいから上が雲の中でした。
明日の天気が良い様に祈りながらこちらへ移動でした。



・岩木山神社(弘前市大字百沢字寺沢27)

祭 神
 顕國魂神(うつしくにたまのかみ)
  多都比姫神(たつひひめのかみ)
  宇賀能賣神(うがのめのかみ)
  大山祇神(おおやまづみのかみ)
  坂上刈田麿命(さかのうえのかりたまろのみこと)

由緒・沿革
 当社は昔から「お岩木さま」「お山」と親しんで呼ばれ、
陸奥津軽の開拓の神、農海産物の守護神、また祖霊
の座すところとして崇められております。

 神山・霊山である岩木山は津軽全土から仰望せられ
人々に慈しみの徳を授けたまい、郷土人の生活と心の
よりどころであります。

 岩木山大神は太古より神霊岩木嶺にお鎮りになられ
今から約1200年前、宝亀11年(780)社殿を山頂に
創建したのが当社の起りです。

 延暦19年(800)征夷大将軍坂上田村麿これを再建
し、別に山麓十腰内の里に下居宮を建立して、山頂を
奥宮と称し、寛治5年(1091)神宣により下居宮を現在
地に奉遷いたしました。その後、世々の地頭・領主何
れもがよく崇敬の赤誠をつくし、江戸時代には津軽藩
主為信・信牧・信義・信政により大造営が行われ、近代
には崇敬者の熱意を集めて、建造物、諸施設とも整い
名実ともにその偉容を誇り、畏き辺りも日本の北門鎮護
の名社として、農業・漁業・商工業・医薬・交通関係、とり
わけ開運招福の神として、色々の宗派を超え深い信仰
の源として厚く崇敬されております。

 新しき時代に向い、ご神徳のまにまに、日本人の心の
絆としてひとしく拝し、ご神威ますます輝かしく仰ぎ奉ら
れるのであります。大國魂鎮守・旧國幣社。

      青森県神社庁資料より

境内の入口・石鳥居の前がかなり広く、駐車場状態になっていました。
天気さえ良ければ、鳥居の上に大きな岩木山が見えるはずなのですが・・・。
weep

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周囲には大きな杉が林立する長い参道を進むと二・三
の鳥居があり、ここからも岩木山が真正面に見えるは
ずですが、今日はお出かけの様子でした。
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赤い橋の奥に、立派な楼門が見えて来ました。

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もちろんその前には、狛犬さんが。
紀元2600年(昭和15年)8月1日の彫りでした。

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そして、楼門の石段を登りきった所の玉垣の柱に。
今回第一に逢いたかったこの方が!
何だか森の樹々で遊んでいる動物みたいでした。
年令は不詳です。

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色々な角度から撮って来ましたので、狛犬写真集に
沢山貼り付けます。お楽しみに!
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そして、オマケになってしまいましたが、随神です。

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中門と拝殿です。
拝殿の屋根は葺き替え中の様でした。

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そして、拝殿前の狛犬さんです。
明治21年(1888)8月1日生まれでした。

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そして、参道横には縁起の良い、こちらが。


出雲神社です。

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大黒様と恵比寿様が阿吽の位置に居られました。
大黒様・大国主命は食物・財福を司る神、恵比寿様は古くは「大漁追福」の漁業の神であり時代と共に福の神として「商売繁盛」や「五穀豊穣」をもたらす、商業や農業の神様となった神々です。とっても縁起が良い&幸先の良い出だしとなりました。
 
昭和29年(1953)8月1日生まれでした。

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何となく恵比寿様の竿がチャチイ様な感じを覚えながら、神様なのだから道具は選ばないのかな?と自分自身を無理やり納得させながらこの日の参拝を終了しました。

この後翌日の天候によっては、『百沢コース』から安直な『スカイラインコース』と変更する可能性がありますので、我が家の全員?お腹いっぱいにしに行きましたとさ。
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泊まり場所は、トイレも外水道もある岩木山神社の境内としました。


と、言う事で7月19日はオシマイですが、もう少しだけ。
翌日は、岩木山への山遊び。
 
狛犬さん関係なので、こちらへ入れてしまいます。coldsweats01 


・岩木山神社奥宮


霧が深い岩木山山頂の岩木山神社奥宮で、狛犬さんが迎えてくれました。
少し荒造りな感じですが、可愛い狛犬さんが健気にお使えしていました。

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そして下山後に、岩木山神社からの奥宮への参道を歩くと石灯籠や狛犬さんがdog

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大正7年(1918)旧8月1日生まれの狛犬さんです。

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こんな感じの7月19日+ほんの少し。のレポでした。coldsweats01
蒸し暑く寝苦しい一夜を過ごして、翌20日岩木山に続きます。


岩木山のレポができました。   7/30追記
 ・カルディナレポは、こちらです。
 ・カル2レポは、こちらです。

※ 少しだけですが、鳥海山にも狛犬さんが。
  レポは、
こちらです。


・かなり遠目の狛犬さん その1(青森編)は、こちらです。
・かなり遠目の狛犬さん その3(岩手編)は、こちらです。


東北遠征レポは、まだまだ続きます。


では、また。smile

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かなり遠目の狛犬さん その1

念願の東北遠征に行って来ました。

先ず1日目は、\千割引を使って弘前へ。

途中の山々は、頂に厚い雲が。
非常に嫌な感じの中の乗り込みと成りましたが、下界は晴天で非常に暑い日でした。

大鰐弘前ICで降り、7号線を北上。
弘前高校そばのある所に寄り道のため、堀越交差点を左折。
すると、木製の鳥居が見えてしまいました。
良い感じの古い木の鳥居で、すぐさまお立ち寄り!bleah



・熊野宮(弘前市堀越柏田243)


・祭 神 
  伊邪那岐神 (いざなぎのかみ )
  伊邪那美神 ( いざなみのかみ )
   (相殿 倉稲魂神・うかのみたまのかみ)
        (お稲荷さんの祭神)

・由 緒
 古くは熊野大権宮と称されていた。 慶長七年 (一六〇二年)、 当時の堀越城主津軽為信公により勧請され、 御供田は境内の岸に六反、 松木平に二反、 松之木村の岸に四反、 計一町二反を所有していたが、 明治初年の諸制度改変により失う。 社殿は、 為信公居城本丸跡 (国の史跡指定) に鎮座している。  青森県神社庁資料より


木製の鳥居を潜り、細い道を更に進むとかなり広い境内の広場?が有りました。

帰宅後知ったのですが、かなり重要だった城跡の地に建てられていた様です。何も知らずにお参りを済ませて、先に進んでしまいましたとさ。

津軽藩祖為信が天正18(1590)年に豊臣秀吉から津軽本領安堵の朱印状を受け、さらに同年(一説には文禄元年)に前田利家らの検地によって津軽三郡合浦一円の4万5千石の所領が確定し、大名の身分となったが、同時に姓を大浦氏から津軽氏に改め、本城を大浦城からこの堀越城へ移した。以来、慶長16(1611)年に2代信牧が新城の高岡城(後の弘前城)に移るまで、津軽藩の政庁であったからである。日本城郭体系2より



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東北の神社には駒が祀られているのを目にしますが、こちらにも3頭が。
昭和18年(1943)4月14日生まれ。
(阿側のみH.11.7.再建)

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拝殿前に2対の狛犬さんが。
1対目が、昭和3年(1928)旧3月3日生まれ。

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拝殿側が、明治42年(1909)旧10月5日生まれ。

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傍らの山の神宮にも狛犬さんが祀られていました。
やはり、どちらの山の神様も別格なのですね。
昭和6年(1931)生まれでした。

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中々感じの良い笑顔の狛犬さん3対に出逢えて幸せ???な気持ちでした。

静かな境内には2cmほどに育った栗の実がたわわに。そして住人なのでしょうか国道沿いの神社の境内なのに、カッコウが鳴いていました。

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気持ち良くお参りを済ませて、1番目の目的地へ。
地理が分かりませんので、ナビ様の仰せの通りにでした。
最勝院境内の駐車場に停めさせて頂いてお隣へ。




・八坂神社(弘前市銅屋町80)


・祭 神 
     須佐之男命(すさのおのみこと)
     奇稲田姫命(くしなだひめのみこと)
     草野姫命(かやのひめのみこ)
     菅原道真公(すがわらのみちざねこう)

・由 緒
  当社はもともと大円寺別院、 牛頭天王と称し、 旧津軽藩公代々藩主が悪疫封滅の祈願所として尊崇篤かった。 明治四年八坂神社と改称される。 八坂神社の社号に転じ、 大円寺別当増田精一が社人として奉仕せられた。 明治四年社殿を御造営 (氏子中一同)
昭和二十一年九月二十四日全社殿を焼失せり、 昭和二十四年本殿、 拝殿を造営し、 昭和二十五年社務所を新築現在に至る。 青森県神社庁資料より


かなり広い境内で、静かな良い雰囲気を醸し出していました。

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久し振りに出逢ったブロンズ製の狛犬さんです。
昭和11年(1936)7月生まれでした。
吽像は、平成5年に改修されたそうです。

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境内から、お隣の最勝院の五重塔が綺麗に見えていました。

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八坂さんのお参りを済ませて、お隣のこちらへ。




・最勝院(弘前市大字銅屋町63)



・由緒沿革

 最勝院(以下当院)は具には金剛山光明寺最勝院と号す。この名称の起源は、『金光明最勝王経』という仏教教典に由来し、五穀豊穣、
国家安泰等の深い願いが込められている。総本山は京都市東山の智積院、宗派は真言宗智山派の密教寺院である。本尊は金剛界大日如来秘仏として五智如来猫突不動明王文殊菩薩聖徳太子牛頭天歓喜天(聖天)、 青面金剛、如意輪観世音菩薩等を祀る。金剛山 最勝院のHPより


大きな新仁王門へ。

(大きすぎて写真を撮れませんでした。weep

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仁王様にご挨拶をして門を潜ると、参道の両側に三十三観音が安置されていました。

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ヒバで造られた水屋は平成16年に完成したそうで、台輪上の東西南北四方の中備の鬼が天井の梁を支えていました。
水屋の一角には『輪廻塔』があ り、廻しながらお願い事をして来ました。

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護摩堂は、旧大圓寺の本堂だったとの事です。

こちらの狛犬さんはユニークな形状で、台座には文久元年(1861)5月の彫りがありました。残念ながら吽像の顔に欠損が。

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六角堂(如意輪観世音菩薩堂)の年令不明の狛犬さん。

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そして、国の重要文化財指定のもとしては、日本最北端に位置する五重塔です。とっても優美な塔でした。

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とこんな感じで東北遠征は始まりました。happy01

この後、かの有名な桜のお城・弘前城へ。
もちろん桜は咲いていませんでしたがね。


かなり遠目の狛犬さん その2に続きます。

少々お待ち下さいね。 やっと出来ました。7/28

では、また。smile

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今日は、こちらに!その5(BlogPet)

カル2の「今日は、こちらに!その5」のまねしてかいてみるね

羽黒山・三神合祭殿の事で今回の遠征は、終了としました♪
下界は視界不良としました!
これで今回の遠征は、終了としました。

*このエントリは、ブログペットの「ポチ」が書きました。

********  8/1追記

カル2が下界を視界不良にしたのでは有りませんよ!weep
寒気が入って来ていたからの様ですよ。
で、何時もの通りに速報代わりの写真をプレゼント。


岩木山にて


ミチノクコザクラ

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エゾツツジ

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秋田駒ヶ岳にて

少し遅かったけど、コマさん

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ミヤマハンショウズル

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鳥海山にて

チョウカイフスマとイワブクロ

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鳥海山とチョウカイフスマ

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麓の方のチングルマ

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沢山の花が咲いていました。

鋭意、レポ作成の予定をしています。

その他の写真も、ワンサカありますよ~!dog

少々お待ち下さい!coldsweats01




では、また。smile

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今日は、こちらに!その5

今日は、こちらに!その5

羽黒山・三神合祭殿のこちらです。

下界はまあまあなれど、上は視界不良との事で、予定変更です。

これで今回の遠征は、終了としました。

皆様応援ありがとうございました。happy01

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今日は、こちらに!その4

今日は、こちらに!その4

鳥海山頂でーす!

皆様の応援のお陰で晴れました。happy01

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今日は、こちらに!その3

今日は、こちらに!その3
今日も霧キリまいです。涙々・・・

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今日は、こちらに!その2

今日は、こちらに!その2
岩木山は、強風が霧を運んでいます。まっちろけ!

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今日は、こちらに!その1

今日は、こちらに!その1
岩木山神社にて

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ちょい遠目の狛犬さん その20

昨年の7月21日、中井の蓮池の里を訪ねる前後です。

昨年の蓮池の里のレポはこちらです。

・カルディナのブログ
・カル2編のブログ



今回も平塚の土屋橋経由です。
同年7月1日の続きの神社探訪でしたが、2社立ち寄るも残念ながら不在でした。


土屋橋から中井に抜ける道を七国峠の少々手前まで登り右折です。
愛宕山山頂の公園に隣接して在ります。
愛宕山公園には桜、梅、桃等が密生し、特に八重桜の大木が評判との事です。



・愛宕神社(平塚市土屋3963)


・祭 神 火産之命 (ひむすびのみこと)

・由 緒
現在地に天正三年の頃より愛宕社があり、八沢の鎮守として尊崇され特に地頭田沢久左衛門は尊崇し多くの寄進をしている。(相模風土記)
明治四十五年五月、熊野神社に合祀され、後、社殿焼失し石祠二基が残った。
太平洋戦争後、住民愛宕社の復活を願諸多く草山智義翁彼等を組織し、昭和二十四年四月二日、火産之命の神璽を迎え仮社殿に奉斎し、以来三ヶ年戦後の窮乏の中にも神社建立を念願し、昭和二十七年一月二日、社殿建立決議し同日鍬入式を行い、同年四月二十四日、拝殿落成、同日を例祭日と定め昭和二十八年一月二十八日、宗教法人愛宕神社が創立された。
昭和四十二年には幣殿覆殿が完成し漸次整備が進んでいる。神社庁資料より



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明治16年(1883)4月の彫りがある手水鉢の龍が大き過ぎ?後付けのようですね。

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石段を登りきると狛犬さんが、ツツジの大株上から覗いていました。

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平成元年(1989)4月生まれの狛犬さんです。

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愛宕山は眺望がとっても良いとの事ですが、神社の周囲は木立が多く視界ゼロでした。coldsweats01

境内には焼け残った祠でしょうか?いつの頃のものか定かではありませんが、かなり古い石祠が祀られていました。

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この後、中井蓮池の里を訪ねました。
その時の1枚だけ。

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蓮を正面から見たり、斜めに眺めたりcoldsweats01しながら十分に楽しんでおいとまでした。
来た道を少し戻り、東名中井IC近くのこちらへお参りでした。



・蓑笠神社(足柄上郡中井町井ノ口2039)


・祭 神  素盞嗚命 (すさのおのみこと)

・由緒伝来
ここは井ノ口全体の鎮守と仰がれ、祭神は素盞嗚命と伝えられる。
その由来は、素盞嗚命が旅の途中、蓑笠をこの地に置いていかれたとの説や、昔、この土地で四月一日の農具市に、蓑笠が商品の多くを占めたので、人々が「蓑笠の森」といった(群書類従)のが伝わった、などが考えられる。
以前は、四月十日が祭日であったが、近頃は四月十日に近い日曜日になり、神楽や演芸が催されている。この祭当日は、必ずといってよいほど蓑笠にふさわしくよく雨が降る。後略 社頭の掲示板より


こちらもご多分にもれず道路拡張により狭くなったとかで、かなり細長い境内でした。


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昭和33年(1958)4月生まれの狛犬さんです。

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境内の片隅に、かなり年代物と思われる石祠が祀られていました。

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そして樹齢400年を越えると言われている欅のご神木が祀られた、割合静かな境内でした。

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71号線を二宮方面に向かい、3箇所にお参りするも不在。更に2.5キロほど南下。
71号線から旧道を横切り、一色公民館の奥の小高い山の中腹へ。




・神明神社(中郡二宮町一色宮根1058)    

・祭 神 大日霎貴命(おおひるめのみこと)
      (天照大神)

・由緒沿革
一色は鎌倉時代(1192~1333年)盛んに武具の鋳造が行なわれていたと、伝えられ、神社の近くに「金クソ」と言う地名も現存する。その工人達によって一色は開かれ、そして土地の鎮守として創祀されたのが、神明神社であると、言われている。戦前は毎月一日・十五日には、平和と氏子の健康、出征兵士の、武運長久を祈る、祈願祭りが行なわれ住民や近隣からの参拝者も多かった。 社頭の掲示板より


周辺は斜面の多い畑や民家が点在する地区で、割合広めの境内でした。

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祭壇には綺麗な榊が供えてありました。
そして、年令不明の狛犬さんです。

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拝殿の左手には、浅間神社が祀られていました。石碑や祠内に木花開耶姫命・木花之佐久夜毘売命と記されていました。石碑には、安政7年(1860)6月の彫りも。
謂れなどは下の掲示板をクリックしてご覧下さい。
かなり拡大します。

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71号線を更に1.5キロ南下、小田・厚木道路を潜り直ぐに左折。二宮中里団地に隣接しています。
小田原厚木道路と東海道新幹線に挟まれた位置で、なかなか各種走行音が賑やかな神社でした。




・明星(あかほし)神社
      
(中郡二宮町中里宮久保886)


・祭 神 天香香背男命 (あめのかがせおのみこと)

・由緒沿革
慶長6年(1601)  岩間藤七祈願により再建す
寛永20年(1643) 地頭伏見勘七本殿を造営す
延宝3年(1675)  再修す
この御神躰は、昔は打越の若宮にあったと伝えられている。ある年の七月二十三日に洪水があり、その時白馬にまたがり弓を持った八幡様の御神躰が流れてきたのを農家の人がみつけ、何所へ祀ろうかと思案していたところ、天の一角に暁の明星がキラキラ輝いていたので、その星の位置に向かってこれを祀ったと伝えられている。その場所が現在位置で、その時の「暁の明星」に因んで「明星神社」と名づけられた。 社頭案内板より



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かなり立派な拝殿内で、茅葺きの時代の写真も飾られていました。
そして、昭和12年(1937)7月生まれの狛犬さん。御開帳記念の彫りもありました。

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境内の大きな公孫樹には青々とした銀杏がたわわに実りつつありました。その周辺には、石塔や庚申塔が祀られており、地神社の石塔には弘化3年(1846)2月の文字もありました。

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71号線を更に南下。新幹線を潜り3~400m先の元町駐在前交差点を左折、直ぐ右折した先。



おまけです。

・妙見神社(中郡二宮町二宮)


狛犬さん不在社です。
石段のの登り口には石塔などが祀られていました。
双体神に「」の文字が読み取れますが、天保なのでしょうね。天明ですととっても楽しいのですが。

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石段の途中には、ヤマユリがとても綺麗に咲いていて良い香りも漂っていました。

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取り合えず、7月21日分の第1部は終了です。
しかし、第2部は来週以降となりそうで、どうも周回遅れとなりそうです。weep

この後は、カルディナの希望で小田原の『石垣山・一夜城』へ移動、その後に周辺の探訪です。

多くの狛犬写真があります
カル2の狛犬さん写真集は、こちらです。



・ちょい遠目の狛犬さん その19は、こちらです。

・ちょい遠目の狛犬さん その21は、こちらです。



ちょい遠目の狛犬さんシリーズもまだまだ続きます。coldsweats01



では、また。smile 

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ご近所の狛犬さん その26

昨年最終の狛犬さん詣ででした。



・寒川神社(高座郡寒川町宮山3916)



・祭 神 寒川比古命(さむかわひこのみこと)
       寒川比女命(さむかわひめのみこと)

祭神二柱をたゝえて寒川大明神又は、寒川大神と称されていますが、古くより諸説がありました。古くは寒川神といわれていますが、近世には八幡神、あるいは菊理媛、素盞鳴命、稲田姫尊と称され、一定ではありません。

・由 緒
関八州鎮護の神として古くからこの地方の名祠とあがめられている。
即ち総国風土記によると、約千五百年前雄略天皇の御代に幣帛を奉納せられたとあるので、当時既に関東地方に於ける著名の神社として遠近に知られていたことが明らかであり、従って創建の極めて古いことと、往古から朝野の崇敬殊に厚いこととが知られる。
桓武天皇の延暦七年五月をはじめとして、御歴代奉幣、勅祭を行わせられたことは史上枚挙に遑まがない。仁明天皇承和十三年以来、数次に神階の奉授があり、更に醍醐天皇の御代に制定された延喜式では、相模国内唯一の国幣の大社と定められ、特に名神祭に預る名神大社にも列せられた。
斯く皇室の御尊崇厚きは勿論、一千数百年の昔から相模国の一の宮、総鎮守として士民信仰の中心となり、源頼朝・北条義時・同重時等屡々社参神宝を奉納し、小田原北条氏も累代社殿の造替、社領の寄進等怠りなく、武田信玄の信仰も殊に厚かった。

明治4年國幣中社に列せられましたが、明治7年には『特選神名牒』の選があり、その際皇太神宮儀式帳に所載される末社牟彌乃神社(むみのじんじゃ)の御祭神が寒川比古命・寒川比女命であることにより、新たに御祭神にこの一説が加えられ、明治9年『官社祭神考證』により当社の御祭神は寒川比古命・寒川比女命の二座とせられました。
大正5年12月、内務省通牒により、当社の御祭神は寒川比古命・寒川比女命二神とされ、今に至っています。 神社HPより


年の瀬が近い12月18日の探訪です。
お正月の準備に入っている様子で種々の作業をされていました。



三の鳥居と太鼓橋ですが、目の前が交差点となっています。
一の鳥居は銅製、二の鳥居はコンクリート製でかなり大きさです。

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神門の前に、狛犬さんが鎮座。

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神門から本殿はこんな感じに。そして、大きな本殿。

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かなり大きな狛犬さんで、平成6年(1994)中秋生まれ。御大典奉祝祈念の彫りがありました。

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鎌倉の鶴岡八幡宮の狛犬さんと同じ位の巨大さでしょうか?

で、阿・吽ともに♂でしたよ。それもかなりご立派な・・・。

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ね~ぇ!coldsweats01



と言う事で、この後所用を済ませて更にお参りです。
寒川神社から南東方向1.5キロくらいの位置です。
江戸から御殿場に通じる旧東海道・大山街道の県道44号線に面して鳥居が有ります。この付近は江戸時代には宿場町として、27ヶ村の寄場として殷賑を極めたとの事です。




・八幡大神(高座郡寒川町一之宮1-21)
 (一之宮八幡大神)


・祭 神 
  誉田別尊 (ほむだわけのみこと)
  大日・貴神 (おおひるめむちのかみ)
  稲倉魂命 (うかのみたまのみこと)
  大山咋命 (おおやまくいのみこと)
  奥津比古命 (おきつひこのみこと)
  奥津比女命 (おきつひめのみこと)
  大雀命 (おおささぎのみこと)
  菅原天神 (すがわらてんじん)   

・由緒沿革
 元禄十(一六九七)年八月の創立と伝えるが、平安時代の和名抄に「佐牟河波伊知乃三夜牟良(さむかわいちのみやむら)」と記されていることから、古くより奉祀されていたと推定される。爾来武門・上下の尊崇をうけ、明治元年の神仏分離令により妙光寺持より村持となり、社格制度制定により同六年、村社に列せられる。更に村内の数社を合祀し、社殿を再興、屋台三基(町文化財指定)を奉製し神事殷賑を極める。大正十二年、関東大震災により建物一切倒壊するが、同十五年、本殿他を再建す。昭和二十年の終戦により宗教法人となる。同四十五年、屋台保存殿を新築、同五十八年十二月、社殿の屋根葺替並改築・神楽殿、社務所の新築に着手し、氏子崇敬者の浄財により同五十九年六月、完成し、本遷座祭並奉祝祭を齋行す。    神社庁資料より

44号線からの眺め。

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二の鳥居?と本殿。

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こちらもお正月の準備が進んでいました。
一之宮八幡大神の社号標。

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拝殿の彫刻が立派でした。

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そして本命のこちらは、昭和31年(1956)1月生まれの狛犬さん。

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8月上旬の例祭の宵宮には一之宮の東・西・北の3町の屋台が各町内から八幡大神をめざして巡行している。これを屋台神賑行事といい、寒川町指定重要文化財となっており、かなり盛大に執り行われる様です。

境内の片隅にはかなり古い石祠や石塔が祀られていました。

左端の石灯篭・安政6年、堅牢地神塔・文久元年4月、二十三夜供養塔・嘉永5年3月、石祠・文化7年12月との彫りがありました。

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一番右の男女の単身2神は、欠損により天保までしか判読できませんでした。(町資料に天保十二丑正月吉日とあり。)

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少しずつ傷みが増して来て、時代とともに朽ちていくのも仕方がないかもしれませんね。


さらに2社をお参りするも、残念ながら狛さんは不在でした。
この年最後の神社にお参りです。
八幡大神から44号線をさらに1キロほど南東方向へ。
県道から少し入った静かなところに在りました。



・十二神社(高座郡寒川町大曲1-16)


・祭 神
  国常立神 (くにのとこたちのかみ)
  豊雲野神 (とよくもぬのかみ)
  宇比地迩神 (ういじにのかみ)
  須比地邇神 (すいじにのかみ)
  角杙神 (つぬくいのかみ)
  活杙神 (いくくいのかみ)
  意富斗能地神 (おおとのじのかみ)
  意富斗乃弁神 (おおとのべのかみ)
  淤母陀琉神 (おもだるのかみ)
  阿夜訶志古泥神 (あやかしこねのかみ)
  伊邪那美神 (いざなみのかみ)
  伊邪那岐神 (いざなぎのかみ)
  天照大神 (あまてらすおおみかみ)
  天忍穂耳命 (あめのおしほみみのみこと)
  瓊瓊杵命 (ににぎのみこと)
  彦火火出見命 (ひこほほでみのみこと)
  鵜草葺不合命 (うがやふきあえずのみこと)

・由緒沿革
  新編相模国風土記稿に「十二天社 社頭に安永八年(1779)の鐘あり、岡田村宝幢院持」とあります。明治維新の際、十二天社を十二神社と改称しました。明治42年荒廃神社併合が国で決められた時、神社を存続させるためにはやむを得ないと反対を押し切って神輿を180円で売却し、神社を存続させた石塚善太郎氏の功績は今も語り継がれています。寒川町資料より


住宅が押し迫ってきている感じの境内でした。

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昭和54年(1979)12月生まれの狛犬さんです。

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台座の後ろ側にこんな文字が彫られていました。

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阿像側

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吽像側

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唐獅子や みたまと共に とこしえに

  まもりつけよ このみやしろを

です。(吽像側)

そして、氏神様を七十余年も護り続けた方が建立されたのでしょうか?
それとも、その方への感謝の念を表しているのでしょうか。


何んとも言えない心に沁みる言葉で、2009年の狛犬さん詣での締めくくりとなりました。


ご近所さんのシリーズ、2009年はこれで終了です。

が、ちょいと遠目の狛犬さんご紹介が残ってしまっています。
7月分を只今作成中です。
いよいよ周回遅れとなって来てしまいそうです。weep



ご近所さんシリーズもまだまだ続きます。happy01



狛犬の写真は、カル2の狛犬さん写真集の中に沢山掲載しています。

どうぞご覧下さい。coldsweats01



・ご近所の狛犬さん その25は、こちらです。

・ご近所の狛犬さん その27は、こちらです。


では、また。smile 

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中井・蓮池の里

『中井の蓮池の里』を管理されている小嶋さんより、 ”今月中旬が見頃になりそうだ”とのご連絡を頂きました。

お誘いに乗り訪れて、小嶋さんご夫妻にお逢いして来ました。

もちろん、蓮にも逢いましたよ。happy01

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小嶋さんのお話では、今年は花の立ち上がりがとっても悪く、2日ほど前の強風雨でかなりなぎ倒されてしまった。
でも、2~3日すれば立ち直ってくれるでしょう。
春先の寒さがかなり影響した様で、赤色の立ち上がりがとって遅れている。
花色は白が強くなってしまったので、今年は大幅に入れ替えをしなくては。

とも、おっしゃていられました。

仕事をされながらの管理は大変な事と思います。

こちらの蓮は、手に触れたり香りを楽しむ事も出来るのでとっても良いですね。

暫し談笑してからボランティアの方に記念の写真をとって頂きました。camera

最近はカルディナとの2ショットが少し多くなって来ました。年の所為?coldsweats01


・カルディナの今年のレポは、こちらです。


昨年レポは、
   ・カルディナのレポは、こちらです。
   ・カル2のレポは、こちらです。




では、今年の蓮の開花状態をご案内。

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お話の様に、確かに白色が多かったですが、赤のツボミも沢山立ち上がっていました。

これからも、まだまだ楽しめそうですね。


葉に顎を乗せて、ちょいと一休みのハスさん。

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これから元気に咲きますよ!のハスさん。

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毎度~~~ぉ!

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田圃の一角の蓮池ですが、ご近所の方々のご努力に因り少しづつ整備拡張しています。

楽しい年中行事として、3年ほどお邪魔しています。

この日もスケッチをされているグループの方や少人数の方など結構大勢来られていましたね。

土日には、マイクロバスも入るとかです。



蓮を楽しみ、小嶋さんたちとのお話を楽しんで、再会を約しておいとまでした。



そして、









毎度~~~ぉ!

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もちろん、この方達にも会いに行きましたとも!

でも、かなり大きな樹の影で光が・・・。

ボケてしまいました。weep

でも、良いのです。

再訪の理由が出来ましたから!good

わざとボケさせたのでは有りませんよ!bleah



こんな感じの中井・蓮池の里の開花状況報告でした。


では、また。smile

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今日は、こちらに!(BlogPet)

カル2の「今日は、こちらに!」のまねしてかいてみるね

7月9日、嫌な雲がこんな日記もしてきました。
********追加のつもりが体調は春のお蔭です!だれになっちゃいました~!カルディナが涌いてた~ん、身体を創れって?でしたので、前大室にて帰還♪

*このエントリは、ブログペットの「ポチ」が書きました。



:***********


ポチ=嫌な雲ですか?smile

そう前大室にて帰還♪ は正解です。good

でも、他の部分は分かったような・・・。coldsweats01


取り合えず、猫の額の写真などをプレゼント。cat

真っ白なカラーの原種が柚のオチビさんを受け止めていました。

白が綺麗ですね。(先月撮影)

Kさんが結婚式の時の花束としたかった!との事。

今と変わらずに純真無垢だったのでしょうね。bleah

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そして、山靴の初試運転をした時のご近所さん。

山葡萄はまだ蕾。

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外来種、名前は?

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いつもあまり変わり映えがしないけど、こったらベリー?も。

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こったらジャガイモも。こちらも品名は?

捨てられていたのが元気に咲いていました。

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こったらシロチョウも。

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こったらトノサマバッタは少し逃げて、はいポーズ。

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帰り道の何時ものこったら奴。

クマミズキの実は、まだ子供。

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本当に変わり映えしないけど、こったらネムノキ。

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そして、群生すると綺麗なアカバナユウゲショウ。

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時季を逃しそうなので、ポチ君にプレゼントでした。

取り合えず、こったら シリーズの始まりでした。


では、また。smile

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今日は、こちらに!

今日は、こちらに!

   7/9、追追記しました。7/10、追記しました。

靴の試運転のつもりが体調の山モード変換のために!
になっちゃいました。 (涙)


********


皆様のお蔭で梅雨の晴れ間の山遊びが出来ました。good

有難うございました。happy01

靴の慣らしは順調でした。

が、体調は春の山菜採りモードのままのようで、気力で負けてたかな?でした。coldsweats01

とっても気持ちの良い尾根道ですが、嫌な雲が涌いてきましたし、演習の音の他に遠くで何やら音もして来ましたので、前大室にて帰還。

これからは、身体を少し絞り込まなければ!でした。



これから山遊びのレポを創ります。

しばしお待ち下さい。


********

7/9、追記の追記


ポチがこんな日記を書いていました。

おりこうさんです!dog

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そうです皆様のお蔭です!


で、こんな日記も同じ今日に!

うい奴じゃ!happy01

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カルディナが何て言うかな?

ヒサさ~ん、内緒だよ~ぉ!bleah



バ◎な事を書いてないで、レポを創れって?

はい、分かりました~ぁ!

怒られた!だれにでしょう?coldsweats01


********* 7月10日追記

・カルディナのレポが出来上がりました。こちらです。

・カル2のレポが出来上がりました。こちらです。    

では、また。smile

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今日は、雨の七夕

BlogPetのポチがこんな事を日記に書いていました。dog

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”最終について”って、何でしょう?

かなり力が入った願い事なのでしょうね。coldsweats01

まあ、711枚もの短冊を書いた努力(?)は認めてあげましょうかね。happy01

この所、ポチの希望を叶えて上げていなかった影響ですね。

右手を前に出して、『反省』します。
    ↑でも、少し古っ!  サル以下か?bleah




で、お友達の所を覗きに行ってみました。

七夕関係を捕捉できたのは、以下のお二人!

(無断借用、すみません)



穂穂さん

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穂穂さん、賢いですね~ぇ。

星に願いですから、これくらいはしないとね。good

ほえっちさ~~~ん、ほえさんの『426のポーズ』カル2も楽しみにしてま~す。
是非ともブログにアップを!lovely
ほえさ~ん、よろしくね!bleah

トラパグ君

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トラパグ君は、ポチに続いての枚数の多さ。

トンビの何をお願いしたのかな?

まさか、アブラアゲを602枚もプレゼントしたいな!では・・・。happy01

このところ、ご主人様は遊んでくれていない(更新していない)様子。

元気にされているのかな?

ちょい山はどうなっているのかな?

トラパグ君、今度覗いて来てレポをお願いします。dog




時季物の記事でした。

本当は、狛犬レポ以外のネタがないので困っているとか。

でも、明日は少しお出かけの予定をしています。

皆様、明日は雨が降らないように、短冊に書いてお願いをして下さい。

ご協力のほどを!

えっ、自分で勝手にやれっ!って?

ふぁ~~~ぃ。そうします。weep

少しべそをかいているカル2でした。weep



では、また。smile

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