ちょい遠目の狛犬さん その18
今回の取材日は、昨年の七夕の日です。
ちょこっと大月まで行く事に。そのついでに!![]()
先ずは、初狩駅の裏側・南側100m足らずの所にお邪魔でした。![]()
・八幡神社(大月市初狩町下初狩3402)
なかなか雰囲気のある神社構えで、しっとりとしていましたが狛犬さんを眺めて・・・。![]()
・祭 神 誉田別命(ほんだわけのみこと)
・由 緒
社地は古くより鎌倉山と云い、明らかに中世の砦であり、そこに鎮座しているので鎌倉山八幡宮と称した。
建保元年(1213)和田義盛の乱の功績により、武田信光に波加利本庄(今の初狩地区)が与えられているが、信光が幕府に対する忠誠の証として八幡神社を創建したのではないか。
また、甲斐国史にも『社中に古井あり甚清麗なり御供水と称す』と記されており、現在でも清水が湧き出ている。 神社庁資料より
鳥居手前の年令不明の狛犬さんです。この形は初対面です。
右が吽、左が阿の様ですね。![]()
拝殿側の平成9年(1997)秋祭生まれの狛犬さんです。
平成生まれも案外と良い顔をしていますね。![]()
杉の巨木が鬱蒼とするかなり広い境内には、多くの境内社が祀られていました。下草の中にこんな花も咲いていました。
こんな変わった狛犬さんとの対面を済ませて更に取材続行。中央線のガード下が極端に狭くなっていて、ミラーを倒そうかな?と考えながら通り抜けた事が印象的でしたね。途中狛犬さん不在の神社にもお参りをしながら直線距離500mほどの所でした。
・高岩四所神社(大月市初狩町中初狩2439)
初狩駅から西方400mほどの線路沿いの丘の上でした。参道の途中の石鳥居には『高巌神社』の扁額が架かっていました。更に少し登ると境内で、入口には朱色の二の屋根付きの神明鳥居が建立されていました。
・ 祭 神 国常立命(くにとこたちのみこと)
日本武尊(やまとたけるのみこと)
磐筒男命(いはつつのをのみこと)
磐筒女命(いはつつのめのみこと)
・ 由 緒
鎌倉時代末期荘園支配を確立した甲斐武田氏により、嘉暦2年(1327)稲村山頂に創建されたと伝えられます。
旧社殿は稲村山頂にあって元治元年(1864)3月の山火により焼失、同年8月社殿再建を協議しましたが、徳川時代より明治にうつる変革の時再建思うように進まず、明治13年に至り現在地に鎮座。
平成13年改築の完成をみました。 社頭案内板より
境内を挟んで拝殿と向き合うように境内社が祀られており、その屋根には桜と思われる花が添えてありました。
3.5Kほど移動し、真南に『高川山』が見えるこちらへ。
・諏訪神社(大月市大月町真木1845)
何かの催し物の準備でしょうか?大勢の人が集まっていられて、邪魔になりそうなのでサクッと写真を撮って退散でした。そんな訳で、久し振りに拝殿や鳥居の写真を失念でした。
やはり、気が弱いとダメですね。![]()
・祭 神 建御名方命(たけみなかたのかみ)
・由 緒
創建は詳らかでないが、1814年編の「甲斐國誌」には真木村の産土で、社地(縦四拾間横貳拾間)神領五段五畝弐拾五歩と記されており、宝暦十年(1760)と寛政八年(1796)の棟札も本殿に保管されている。また奥宮もあり、下社もあったことなどからその規模は大きく、古くから厚い信仰に支えられてきたことが推測される。
現在の本殿は文政十年(1827)に再建されたもので、この当時の宮普請請負証文には建設費は金参拾八両也で、真木村棟梁金左衛門を筆頭に二十五名の大工棟梁の連印で三ヶ年で完成と記してある。彫刻は八王子の住人で著名な藤兵衛の作である。社頭由緒書きより
拝殿の写真を撮りそこなったのですが、こちら本殿が素晴らしかったですね。
下の写真をクリックしてご覧下さい。
その彫刻が上手く撮れませんでした。もう1度行かなくては。![]()
妻には鬼も彫られていました。
近いうちに再訪をして来ます。
その際には写真を入れ替えられると嬉しいのですが・・・。
取り合えず、その18の第1部は終了となります。
多くの狛犬写真があります
カル2の狛犬さん写真集は、こちらです。
・ちょい遠目の狛犬さん その17は、こちらです。
・ちょい遠目の狛犬さん その19は、こちらです。
ちょい遠目の狛犬さんシリーズもまだまだ続きます。![]()
では、また。![]()
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