ポチ(BlogPet)
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身延から本栖湖を通り河口湖のもみじ回廊まで来ました。
きれいな富士山と晩秋の紅葉を楽しみましたよ〜![]()
見頃でしたよ!
回廊のもみじは少し早かったね![]()
ボチ君 おみやがあるからね。お楽しみに!
******************
11/10詳細を追記しました。![]()
☆このレポはカルディナが書きました。
ご近所のお友達9人とバスツアー利用で身延山~本栖湖~西湖いやしの里根場~河口湖もみじ回廊と回ってきました。
身延山は桜の頃 何度か訪れていますが秋は初めてです。
紅葉は始まったばかり という感じです。
やはり暖かいのですね。
シンボルのしだれ桜 数年前に見たときは養生中で痛々しかったけれど今回は支えもなくしっかりと立って元気になったようです。
もうひとつのシンボル なが~い石段。
ツアーだったので横から久遠寺に出たので歩きませんでしたが上からのぞいてみんな 絶対歩きたくない!きょうは良かったね![]()
何度か来てるくせに久遠寺の中を見せていただくのは初めてです。
端から端までゆっくり見せていただきお参りしてきました。
この久遠寺の向かって左横に今年3月に斜めエレベーターが出来ました。
下のおおきな駐車場 ロープウエーの駅に行くのに利用するためのようです。30人乗りです。
無料で誰でも使えますがセルフサービスで操作します。
見晴らしがよく 童心に帰ってみんな大喜び![]()
もう一度乗ろうかなんて言い出してます。
足の具合の悪い人には朗報ですね。
今回はロープウエーに乗る時間がなくて南アルプスは見られませんでした。
次は下部温泉経由本栖みちで富士五湖へ。
山道をどんどん上がるにつれ黄葉がきれいになり歓声があがりました。
本栖湖手前は今が盛りでした。
本栖湖 精進湖 西湖 河口湖と次々流れる車窓は晩秋のきれいな濃くて鮮やかな紅葉の世界です。
バスを降りて歩きたいくらいです。
いい時期に来れました![]()
次はお楽しみ西湖いやしの里根場
以前十二ヶ岳から鬼ヶ岳 雪頭ヶ岳と歩いたときこの近くに下山したのです。
近くにあるのだとわかっていたので、楽しみにしていました。
茅葺屋根の建物がたくさんあり それぞれいろいろなお土産を扱ったりしていますがきれいな風景です。
一軒のお店では至るところにいろんな妖怪がいるんです。
楽しいお店でしたよ。
きれいな赤がたくさんあったのだけれどカルディナがデジカメを 使いこなせなくて何枚もボツになりました![]()
雰囲気だけ
全体的には緑も多くてこれから見ごろを迎えるようです。
想像していたより規模が小さいなと感じてしまいました・・・
夜ではなく明るいうちに見たかったな というのが正直な感想です。
カル2さん ポチ君 お留守番ありがとね~![]()
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カルディナが友達と来ました。
桜の花はないけどきれいです。
数年前より少し元気になったような![]()
紅葉はやっと始まったばかりですよ〜。
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前回は葉山の海岸沿いの県道207号線を南下して来ましたが、その続きです。
葉山の御用邸前の交差点を長者ヶ崎方面に進みます。
下山橋を渡り、50mほど先の左手が神明社です。
・神明社(葉山町下山口1455)
・祭 神 天照皇大神 (あまてらすすめおおみかみ)
向津比売命 (むかつひめのみこと)
・由 緒 不明です。
拝殿が火災に見舞われ、一部新築されていました。
明治39年(1906)2月生まれでした。
葉山町指定の重要文化財として有名だそうです。
天明元年(1781)11月吉日の彫が。
剣を持っています。
左右と背面の浮き彫りの三猿がとっても面白い。
(拡大をしてご覧下さい)
天保2年(1831)8月の彫りでした。

こちらの神社も海に近く潮風が届くところで、古い石塔が良い状態で残されているのには驚きました。
余程信心深い方々に守られて来たのでしょう。
この後は、国道134号線を逗子方面に 300mほど移動した左手奥です。
・森山神社(葉山町一色2165)
・祭 神
櫛稲田姫命 (くしいなだひめのみこと)
《須佐之男命(すさのうのみこと)のつれあい》
・由 緒
森山社(通称・森山神社)は、往時は「守山大明神」または「佐賀岡(現・三ケ岡)大明神」と呼ばれたそうです。
社伝によれば創建は天平勝宝(749~756年)元年前後と見られるので、1,250年以上の歴史を持つ古い由緒の社です。
1,250年以上前から大変珍しくて貴重な行事や神事が奇跡的に伝承継続されていて、約830年前に創建された森戸大明神よりも古くて伝統がある社と思われます。
・貴重な行事の1つをご紹介
隣町の逗子市小坪の須賀神社の祭神が『須佐之男命』です。
(狛犬不在のため、ご紹介はしていませんが)
そのつれあい同士が33年毎にお泊りに行き来をします。
この神事は、三十三年祭、神婚祭、または、行合い祭ともいわれ、小坪・須賀神社と葉山・ 森山神社との間で一千年以上にわたって執り行われているそうです。
平成8年(1996年)の9月には、小坪の小さな町は大変な賑わいでした。
その際の三十三年祭を「第四十回大祭 森山社 三十三年 行合祭」として行われました。
計算上では、1300年近くになりますが正確なところはわかっていません。
前置きが長くなりました。由緒等の詳細はこちらをご覧下さい。
(写真は全て拡大できます。クリックを!)
かなり広い境内で、各種のイベントなどにも利用されるようです。
天保6年(1835)7月の彫りのある石灯籠が手前に。
阿吽共に牡丹?の花に足を添えていました。
広い境内には、多くの境内社が祀られていました。
これで7月11日分の葉山町は終了となりますが、帰り道に鎌倉市内の2箇所に立ち寄りました。
そちらは鎌倉市の神社でご紹介を予定しています。
葉山町の狛犬さんは、もう1回続きます。![]()
狛犬さんの写真は、狛犬写真集に後日多数掲載します。
・ご近所の狛犬さんその14は、こちらです。
・ご近所の狛犬さんその16は、こちらです。
狛犬さんシリーズは、かなり続きます。![]()
では、また。![]()
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奥多摩のカロー橋付近の様子です。
今日は、下見でーす!
*******************
11/7追記しました。![]()
今年は紅葉とあまり縁がありません。
カルディナの提案で、奥多摩方面の登山口の下見を兼ねて紅葉狩りに行って来ました。
先ず、カロー橋へ。
新緑や紅葉の頃は楽しくなりそうですね。
周囲の樹相や沢の流れを眺めながら歩くと、どんなに気持ちが良い事か。
但し、道は殆どないような所ですが。![]()
途中の取り付き地点を確認しながらでした。
大ダワへの長沢谷下降点付近は標高が1000mを越えています。
紅葉は終期でしたが、その反面木々の幹がとっても綺麗に眺められました。
少し戻ると、ブナやミズナラなどの黄葉が主体ですが、モミジなどの紅葉も混ざりとっても良い感じでした。
そうそう、カロー橋から戻る時、日原鍾乳洞の少し手前にこんな大岩が。
我が家のポチが一緒に?遊びに?来ていました。![]()
で、ポチと言えば昨日こんな日記を。
ポチも”日本の文化に勤しむんだよ”と書いているので、仕方がなく勤しんで来ました。![]()
それは、もちろんこちら。
日原鍾乳洞のすぐ傍の一石山神社の狛犬さん。
年令不明です。
そして、こちらも。
吉野梅郷の傍の稲荷神社のキツネさん。
慶応2年生まれで、両側とも子取りでした。
う~ん、古き良き文化に勤しむって・・・。![]()
![]()
ポチは、案外良い事を言いますよね。
でもって、帰宅後ポチの所に行ったら。
だって!![]()
何を考えているんだか!![]()
![]()
![]()
と言う事で、奥多摩の紅葉のほんの触りをご紹介。
レポは、カルディナが予定をしています。![]()
お楽しみに!![]()
***********************
以下、11/7追記しました。
ポチは、やはり日原に行っていたようです。![]()
あの岩は、ポチが化身した岩でしたね。
気を使ってか?、こんな日記を書いていました。
はたまた、本心からなのでしょうかね?![]()
だってさ!![]()
当然にもカル2は![]()
![]()
![]()
そこの方~ぁ、”はぁ~ぁ、何言っているんだか!”
と言う声が・・・。
でも、良いんですよ。何を言われてもね。![]()
ポチは、よく判って日記に書いているのですからね。![]()
可愛いポチのひみつの日記の追記でした。
これでは、小川谷に行って来なければ!![]()
では、また。![]()
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狛犬さんを訪ねて、もうすぐ1年です。
いろんな表情の狛犬さんに出逢えました。
その中の少しだけ。
ココログの記事にスライドショーの貼り付け方法が分かりませんので、お手数でも下記のリンク先に飛んで下さい。
枚数が少ないので、つまらないかも?です。
・笑い(に~ぃっ)編
・笑い(ガッハッハ!)編
・吠える(ガオ~ォ!)編
・怖い顔
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4月9日の狛犬さん詣で、15社目からです。
出雲崎の尼瀬から始まり、いよいよ終わりに近付いて来ました。
前回のレポは、こちらです。
・日光社(長岡市鷲巣町342付近)
先の『二社宮』から南西方向、直線距離で1キロほどの位置です。
『定正院』と言うお寺の下で、江戸時代までは境内社だったかも知れません。
路駐で近隣の方にご迷惑!との思いで気が急いていて、こちらでも拝殿の写真を撮り忘れてしまいました。![]()
言い訳は置いといて。![]()
少し高台に位置していますが、境内はほぼ平らでした。
2対と『吽』のみ1体の年令不明の狛犬さんが。
年令は、全て不明でした。
合祀されているお社が短い石段の上にあり、石段の脇には『吽』のみの狛犬さんが。
相棒は中越地震で被災して入院中なのでしょうか?
その傍らには、イカリソウがいっぱい咲いていました。
更に450mほど南下です。
・八幡宮(長岡市竹町62付近)
こちらの周囲は田園地帯でした。
やはり駐車スペースが有りません。
よそのお宅の入り口に無断駐車でした。
従って、こちらでも拝殿は撮り忘れました。![]()
目的は『高龍神社』でしたが、濁沢のこちらに寄りました。
・白龍神社(長岡市濁沢)
一の鳥居や石碑には『明龍神社』と書かれていました。
そして水鉢にはもちろん龍が。
こちらには、『妙龍神社』とありました。
その手前に年令不明の狛犬さんが。
(※4対の狛犬さん全て年令不明です。)
こちらでは、石段で疲れた様で拝殿を撮り忘れてしまいました。
って、言い訳ばっか!![]()
で、こちらのみです。
これだけは、忘れずに押さえてあります。![]()
で、正式?な神社名が良く分かりませんでした。
明治政府の合祀令に因り、こんな形となってしまったのでしょうか?
撮り忘れの事などはもちろん気が付かず、満足げに長い石段を降りました。
神社を後に駐車場に向かいましたが、時刻は15時過ぎ。
『高龍神社』を初め、まだまだ行って見たい神社が多く残っていましたが、ここ濁沢は山峡の地区で日差しが弱くなって来ていました。
そしてこの後の予定地は、山の東側が主となっています。
仕方がないので、今回はあと1箇所にお参りをして終了としました。
あと1箇所とは中越地震に因り甚大な被害を被ってしまった、山古志村を越えた先です。
山古志村に入ると未だ震災の傷跡が大きく残っていました。
被災された方々の事を思いながら訪ねたのは、この方達です。
・南部神社(長岡市森上)
そして、この方!![]()
但し、所用の次にですが。![]()
既報の「越後の狛犬さんその4」のレポは、こちらです。
「南部神社」は、そのレポの最下部です。
と言う事で、4月9日のレポは終了です。
でも、越後の狛犬さんシリーズはまだまだ続きます!![]()
で、翌日には、「残雪の鋸山」に行きました。
今回も狛犬さんは、『阿』のみ掲載としました。
写真集には多くの写真を載せますので、ご覧頂けると嬉しいです。
(今後も容量の関係で、『阿』の狛犬さんのみの掲載を予定しています)
狛犬写真集は、こちらです。
・越後の狛犬さん その13は、こちらです。
・越後の狛犬さん その15は、こちらです。
長々とお付き合い、本当に有難うございました。![]()
では、また。![]()
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ご近所の狛犬さん14・葉山町その2です。
7月11日の狛犬さん詣でです。
(もっと以前のが残っていますが、都合で
)
・諏訪神社(葉山町長柄1660付近)
御霊神社から直線距離で北東方向に約800m移動です。
前回のレポは、こちらです。
少し奥まった山の傍の神社で、少し長めの石段を登ります。
初めて見たような気がしました。
そして、拝殿の屋根に獅子付き留蓋がありました。
なぜか「吽」の狛犬は、頭から黒ペンキが。
少し狭目の境内には、山王社や稲荷社そしてかなり古い石祠も祀られていました。
・諏訪神社(葉山町堀内218付近)
海岸線の県道207号に移動です。
最初に”あっ、狛猿さんだ~ぁ!”と思わず声を。
石工さん、狛犬?それとも狛猿?どちらでしょうか?![]()
ある方は、”お猿の親子だ~ぁ!”と言われていました。
石工さんのお名前は、ヒ・ミ・ツ!![]()
こちらも高さ40cmくらいで、明治44年(1911)11月生まれの狛犬?さんでした。
天気が良ければ富士山も眺められる神社です。
・森戸大明神(葉山町堀内1025)
・祭神 事代主神 (ことしろぬしのかみ)
大山祇神 (おおやまつみのかみ)
・由緒
社伝によると、当社は源頼朝公が伊豆国、蛭ケ小島に配流の時、源家再興を三島明神に祈願した。
その御加護により旗上げするや、治承四年(一一八〇)、鎌倉に近き、この景勝の地に源家の守護神として伊豆国、三島明神の御分霊を勧請した。
葉山郷の総鎮守として崇められている。
社頭掲示板より抜粋
すぐ隣りの砂浜でイベントが開催されており、賑やかな中のお参りでした。
まだ新しい年令不明の大型の狛犬さんがお出迎えでした。
潮風の影響が強いのか、少々痛んでいました。
こちらの境内はほぼ平坦で、拝殿の前に8段の石段があるのみでした。
参道中央からの光景です。

県道207号線を更に南下し、真名瀬(しんなせ)まで移動です。
・熊野神社(葉山町一色2477付近)
真名瀬会館が隣接していましたが、昔はこちらも境内の一部だったのかも知れません。
森戸大明神の境外末社だそうで、江戸時代に紀州からイワシを求めて来られた漁民が熊野権現を勧請したものと言われ、『真名瀬(しんなせ)の権現さま』とも呼ばれているとか。
こちらの神社も概ね平地にあり、境内の左右は民家が重なっていました。
高さ5~60cmの、明治31年(1899) 10月生まれの狛犬さん。
子獅子が”おと~ちゃ~ん”と甘えて居るようでした。
未紹介ですが青山神社の子獅子と同じような感じでした。
結構変わった狛犬さんが居ますね。
狛犬さんは、容量の関係で「阿」のみを掲載しています。
写真集には多くの写真を貼り付けますので、ご覧いただけると幸いです。
各狛犬さんシリーズの”その13まで”も貼り付けました。
狛犬写真集は、こちらです。
・ご近所の狛犬さん その13は、こちらです。
・ご近所の狛犬さん その15は、こちらです。
葉山町の狛犬さんは続きます!![]()
越後の狛犬さんももうすぐアップします!![]()
では、また。
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越後の狛犬さん その13です。
4月9日、出雲崎から関原、堺町、古正寺や新組町を巡り悠久町まで来ました。
こちらの悠久山公園は今夜の宿泊所とする予定で、下見を兼ねて寄ってみました。
・蒼柴(あおし)神社(長岡市悠久町707)
その昔には、三官山(さんがんやま)と呼ばれていた悠久山公園一帯は、さくら祭りが執り行われていました。
上を見ると綺麗なサクラ、足元にはスミレ、カタクリやミズバショウなどが普通の雑草のように咲いていました。
紫神社概要: 蒼紫神社の創建は享保7年(1722)に長岡藩中興の祖とされる牧野忠辰を神霊として長岡城内に社殿を建立したのが始まりとされます。忠辰は神道に通じ京都の吉田管領家から蒼柴明神の神号を贈られたこともあり蒼紫神社と称されました。天明元年(1781)に9代藩主牧野忠精は、蒼紫神社を現在地に遷座し日光東照宮を模して権現造りの社殿を建立しました。境内には招魂社や牧野家歴代の御霊廟、悠久山神祠碑などがあります。 観光案内資料より。
・ 祭神
牧野忠辰命(まきのただときのみこと)
八意事代主命(やえことしろぬしのみこと:えびすさま)
手前(拝殿側)が文政元年(1818)、奥(山門側)は不明です。
怖い顔!![]()
北越戊辰戦争と西南の役の旧長岡藩士犠牲者を祭祀しています。
明治7年6月に造営され、現社殿は明治45年9月に改築さたとの事。
大正6年(1917)5月生まれの狛犬さんです。

狛犬さんの写真は容量の都合で1体づつですが、写真集には沢山掲載します。
狛犬さん写真集も、どうぞよろしくお願いします!
蒼柴神社のお参りと悠久山公園の駐車場の状態も確認できましたので、南西の方向・直線で3kmくらいの柿町に移動を開始です。
・白山神社(柿町1228)
こちらの神社はかなり長~~~い石段の参道です。
石段の途中には鳥居もあり、狛犬さんがお使えしていました。
明治28年(1895)9月生まれの狛犬さんです。
上の写真の鳥居の奥です。
いやっ、平成でしたっけ?![]()
カルディナの上の方に年齢不明の狛犬さんが。
3の鳥居?の奥にも年齢不明の狛犬さんが。
そして、拝殿前の狛犬さん。明治生まれです。
(記録が不鮮明
)
登りに10分弱必要です。

そうそう、家に帰ってから調べてガッカリしたのですが、自然の?素晴らしい芸術作品を鑑賞して来ませんでした。
本当に残念です。
当ブログにお立ち寄りくださった方で、芸術にご関心のおありの方はこちらへどうぞ!
サイトの下の方に在ります。
ご質問は当ブログでなく、上記サイト主催者の方にお願いします。![]()
白山神社から西方の日光社に移動です。
・二社宮(長岡市青木町251)
移動の途中、右手の「青木町公民館」を過ぎると直ぐに左手に鳥居が。
ノーマークだった神社です。
年齢不明の狛犬さんです。
次回に続く!
・越後の狛犬さん その12は、こちらです。
・越後の狛犬さん その14は、こちらです。
越後の狛犬さんも、まだまだ続きます。![]()
では、また。![]()
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ご近所の狛犬さん『逗子市編』最終のレポです。
24社巡りましたので小さな祠を残していると思いますが、殆どの神社に訪れる事が出来たと思います。
最後は、久木神社です。
カル2が通った、小・中学校の直ぐ傍にあります。
・久木(ひさぎ)神社 (逗子市久木6-2)
・祭神 宇迦之御魂命 (うかのみたまのみこと)
・由緒
その昔この付近は、久野谷村と柏原村に分かれていて、久野谷村には稲荷社、柏原村には柏原明神社が、それぞれの村の鎮守としてありました。
「相模風土記」には「稲荷社妙光寺持」とあり、享和2年(1802)に総鎮守として再建された記録があり、文政8年(1825)の書上帳には「柏原明神社、村の鎮守なり、古は子の神と号せしが、元禄年中、今の神号に改む」とあります。
明治維新により稲荷社は妙光寺の管理を離れ、久木村の鎮守として明治6年村社に列格された。
明治15年には両社合併して稲荷神社と称しました。
昭和19年神饌幣帛料供進神社に指定された。
(飾りの性格が強い留蓋で、狛犬瓦とも呼ぶようです)
※ 飾り留蓋には“桃”“蓮” “菊”の植物から“鳩”
その他に“仙人”や“河童”までと、様々な物があるみたいです。
境内がもっと広かったような気もしますが・・・。
2月22日の夕刻、木々が近付く春を待ちかねているようでした。
これで2月と7月に追加した『逗子市編』のレポは終了です。
続いて、7月に訪れた『葉山町編』となります。
※2月分の続きは後日となります。
・御霊(ごりょう)神社(葉山町長柄662)
・祭神 大己貴命 (おおなむちのみこと)
(大国主命・大黒様のこと)
鎌倉権五郎景政公
・由緒
社伝によれば、三浦為通の勧請とも、また長江太郎義景の勧請ともいわれています。
長江太郎義景公とは、桓武天皇直系七代の孫・鎌倉権五郎景政公の孫に当たります。
一族には、村岡氏、鎌倉氏、大庭氏、梶原氏、長尾氏、の「相模平氏」の五氏があり、これら五氏の祖を御祀りする神社として、「五靈神社」が建てられたのですが、何時しか「御靈神社」と名が改められ、御祭神も武勇で名高い鎌倉権五郎景政公一柱だけを御祀りするようになった。との事です。
鎌倉権五郎景政公は鎌倉近辺の神社に度々登場します。
※長くなりますので、鎌倉権五郎景政公の項はおしまい。
創建された年代は定かではないとされていますが、永正14年(1517)再建の棟札が残されているようです。「相模風土記」に「御霊社、村の鎮守なり…社領三石の御朱印は天正19年(1581)11月賜ふ。長運寺持」とあります。明治維新神仏分離により長運寺の管理を離れ、明治6年12月村社に列格され、大正5年8月神饌幣帛料供進神社に指定された。とか。
手水舎の水鉢には、文化10年(1813)9月の彫が。
こちらにも、是非お立ち寄り下さいませ。
御霊神社にお参りを済ませたら、こちらを訪れなければなりません。
・長江義景大明神(葉山町長柄字殿ヶ谷)
逗葉新道への道を挟んだ反対側、福厳禅寺の奥に移動です。
〇殿ヶ谷
殿ヶ谷の東南の山間にて水田あり。東は山を負い西に堀跡あり。俚俗伝えて長江太郎義景の館跡と云う。山の裾に洞がある(方一米余深約一米)。洞中に五輪塔三基列しているが(二基は高さ一米有余、一基は小)皆四面に梵字を彫ってあるのみで其の他文字がないが長江太郎の墓であると云う。其の附近に御殿があったと云うので殿ケ谷戸というのでしょう。其の附近の福厳寺には其の殿様の位牌がある。義景の墓の附近に奥籔という所がある。其の所は義景の奥方の自殺した所であると云う。 (1930年版葉山郷土誌から)
館があったと言われている畑や田んぼにはトンボが沢山遊んでいました。
ショウジョウトンボとシオカラトンボ
あまりにも寂しい感じでビックリしました。

そしてローソク立て?(正式な名称が分かりません)の屋根には、破損していますが『鯱』でしょうか?
これで、ご近所の狛犬さん その13はおしまいです。
狛犬さんシリーズは、まだまだ続きます。![]()
・ご近所の狛犬さん その12は、こちらです。
・ご近所の狛犬さん その14は、こちらです。
次は越後の狛犬さんです。![]()
では、また。![]()
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大輪がありませんでした。残念!
**************
21日に引き続いて、道志みちの奥・裏丹沢に行って来ました。
3年前に大きな花の”フジアザミ”の群落に出逢い、とっても感激しました。
今回は、もっと群落が大きくなっていると思い、ミニクマさんチームとご一緒に散歩でした。
2006.09.20.の”フジアザミ”です。
花の直径が15~6センチくらいはある、巨大輪でした。
その時のレポは、こちらです。
カルディナのレポは、こちらです。
現地に着いてみると、群落がかなり大きく広がっていました。
でも残念な事に株元からの主芯が立ち上がっている・大輪が咲いている株が見当たりませんでした。
花の径は大きくても10センチくらいでした。
花芽の立ち上がり時に鹿さんに食べられてしまったのか?はたまた、地味・栄養分が不足をして来たのか?
もし後者なら、鹿さんゴメンね。![]()
前回よりも少し遅く来ましたら、咲き終わりの株がかなりありました。
でも、暫らくの間は十分に楽しむ事が出来ると思います。
ミニクマさんチームは楽しむ事が出来たでしょうか?
いわゆる、巨大輪をご覧頂けなかったのが心残りです。
取り合えず、速報でした。
レポは、カル2のHPへアップする予定でおります。
記事が出来上がりました。9/24
カルさんの山遊び日記2は、こちらです。
ご覧いただけると嬉しいです。![]()
越後の狛犬さん その13も作らなければ。
(ご近所さん 13は作成済みですが・・・。)
こちらも、お楽しみに!![]()
では、また。![]()
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4月9日・長岡市内の続きです。
実際には、巻き毛の狛犬さんの「諏訪神社」の続きです。
その記事は、こちらです。
・神明宮(長岡市大島新町4-1)
69号線と351号線の「大島」交差点のそばです。
車を停め難い所でした。
1対目は、昭和21年(1946)9月生まれの普通の大きさの狛犬さん。
2対目は、明治16年(1883)9月生まれの少し小型の狛犬さん。
神明宮から長生橋で信濃川を渡り、平潟神社へ。
・平潟神社(長岡市表町1-6)
街中の大きな神社だなぁ!と思ったら、これでも境内や社殿はかなり縮小されたとの事でした。
・ 祭神 建御名方富命(たけみなかたとみのみこと)
その通り!諏訪大神です!!!
・ 由緒
創立の年代は不明で、天平8年(1396)名僧行基が北越巡錫の際、この地方の悪疫退散祈願のために自作の普賢菩薩を鎮守神に奉納した。との伝えがあるそうで、社殿はそれ以前に建立されていたのでしょう。
気比貴神社、稲荷神社、金刀比羅神社、厳島神社、松尾神社、淡島神社
等が合祀されています。
第二次世界大戦では、空襲に因り数百の遺体が境内を埋め尽くしたそうで、その慰霊塔もありました。
稲荷神社の参道に明治37年(1804)9月生まれの「阿」のみの狛犬さんが。
反対側には、台座のみがありました。きっと地震の被害で・・・。
拝殿前の狛犬さん。昭和11年(1936)7月生まれ、国宝模写と彫られていました。
・諏訪神社(長岡市新組町)
新幹線と信越本線に挟まれた農地や倉庫が多い地区でした。
先ずは、文久3年(1863)5月生まれ。
両側の台座には、おちびちゃんの浮き彫りが。
まあ、他人の事は言えませんがね。![]()
※ 写真集にはもう少し写真を多く載せます。どうぞご覧下さい。
諏訪神社の南側に並んで、真新しい古峰神社がありましたのでお参り。
・古峰神社
ピッカピカの神社でした。改築されたのでしょうね。
平成20年5月生まれの狛犬さんでした。
お参りしたのが4月9日の事ですので、あと1ヶ月でやっと1歳ですね。
昭和の終わり頃や平成の狛犬さんは、どこでも同じ顔形のような気がします。
でも、良く見ると案外と愛嬌がありますよね。![]()
可愛いかも?
こんな感じで、越後の狛犬さん その12は、オシマイです。
・越後の狛犬さん その11は、こちらです。
・越後の狛犬さん その13は、こちらです。
越後の狛犬さんも、まだまだ続きますよ!![]()
では、また。
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逗子市の狛犬さんの続きです。
・神明社(逗子市桜山6-1185)
割合長い石段の有る静かな境内です。
・ 祭神 天照皇大神 (あまてらすすめおおみかみ)
・ 由緒
『相模風土記』に「大神宮。村の鎮守。沼間村神武寺持。」とあり、古くより 桜山の総鎮守として、崇敬を集めていた古社の様です。
大正生まれのせいか、毛足が少し長めな様な?
神社の近くには、宝永元年(1704)や文政8年(1825)等と彫られた石仏が並べて祀られていました。
五霊と書いて、「ごりょう」と読みます。
・ 祭神 天手力男命 (あめのたじからおのみこと)
鎌倉権五郎景政公
・ 由緒(参拝の栞より抜粋)
創建の年代は明らかでありませんが、源義朝公が沼間の第宅の鎮守として勧請したと伝えられています。
義朝公が下野守在任中の頃と推察されますので、今から八百余年の昔と思われます。
新編相模風土記(天保十二年編)には、「御霊社、牛頭天王を合祀す」と、「天保七丙申年十一月書上絵図面、松平大和守領分相州三浦郡沼間村」の条に「御霊社」と。また、「明治八年田畑其外反別取調野帳、第十五大区七小区相模国三浦郡沼間村」の条に「五霊社又は御霊社」、更にその頃書上の「村明細帳沼間村」の条に「神社四ヶ所、熊野大神、御霊神社、太神宮、諏訪明神」とあるそうです。
熊野、太神宮、諏訪の三社は、後に五霊神社へ合併しました。
(五霊、御霊ともに「ごりょう」と読み、同一の神社との事です)
境内の銀杏の老樹は、神社勧請の折に植えられたものであると伝えられています。
・神明社(逗子市池子2-10)
・ 祭神 大日・貴命 (おおひるめむちのみこと)
素戔嗚命 (すさのおのみこと) 他 六神
・ 由緒
建久3(1192)年に天照皇大神宮として源頼朝公が勧請したと伝えられています。
正徳3(1713)年社殿の改修がなされ、文政3(1820)年には将軍徳川家斉公が社殿を再興した。
明治10年(1877)「合祀令」により近隣の須賀社、稲荷社、六所明神、子神、春日社、神尾社、三嶋社を合祀。
昭和63年(1988)社殿を造替した。
京浜急行・神武寺駅前に在ります。
境内では、タイワンリスが遊んでいました。
年齢は不明ですが、何処かの神社でもお逢いした事がある感じがします。
上記の五霊神社の狛犬さんとも似ているような。
それとも、知り合いのオジさんかな?![]()
梅が満開の頃の取材ですが、もう少し続きます。![]()
ご近所の狛犬さん その12は、これにて!![]()
※ 狛犬写真集には、狛犬の写真をもう少し多く載せます。
そちらもご覧頂けると嬉しいです。
・ご近所さんの狛犬さん その11は、こちらです。
・ご近所さんの狛犬さん その13は、こちらです。
狛犬さんシリーズは、まだまだ続きます。![]()
次回は、逗子1社と葉山(長柄)の神社の予定です。
では、また。![]()
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この時季になって、やっとかなり夏らしい陽気になって来ました。
暑い中、皆様如何お過ごしですか?
お盆で帰郷? 夏山を満喫?
それとも、家でゴロゴロと?![]()
我が家は少し都合が悪く、どこにも出かける事が出来ません。![]()
たまにブログを覘けば、ポチが
”だれ?”だって!
(捕獲しそこないました
)
昨日の「ひみつの日記」には、こんな事を書くし。
”こうしんされるのをまってるよ♪”だって!
この所、記事の更新が出来ていません。
だからか?こんな事も。
記事の更新がないからって、”めー!”はないでしょう!”めー!”は!
自分(ポチ)だって、もう2ヶ月・4回も記事を飛ばして居るくせにね。
何も日記にまで書かなくても・・・。![]()
![]()
![]()
仕方がありません、散歩の記事でも書きますか。
久し振りに畑に(もちろん、他人様のですが)行ってみました。
秋ですね、クマミズキや栗の木はこんなでした。
ウコンでしょうか?元気いっぱい!
そこの方、ウ◎コでは在りません!ご注意を!
ウリやカボチャ、そしてスイカがゴロゴロと。
セキレイが食事中、その傍には種取用のゴボウが稔りに入っていました。
カル2 : お父さんコニャニャチワ~!
暑いですね~!
ニャンコ: おや、コニャニャチワ!
お久し振り~!暑いですニャ~~~!
カル2 : 皆さんは、どうしたの?
ニャンコ: 我が家の奥方様はあまりにも暑いので
チビたちと縁の下に避暑に行ってます。
カル2 : で、暑い中、お父さん1人で留守番?
ニャンコ: はい~ぃ、番犬!もとい、番猫だす!
と言ったとか?言わなかったとか?![]()
暑さにウンザリとしていましたっけ。![]()
暑さに強いのは、この方達。

上の落花生と葉の形が似ていますが、ささげの様な?インゲンの様な?細長いマメが今年もありました。
付近にはどなたも居られませんでしたので、今年もお聞きできませんでしたが、何と言う名前なのでしょうか?
早くも山を降りて来たのですね。
もう直ぐ秋ですかね。
足元には未だ夏の花が咲いていますが。
今年の夏山は諦めました。
9月の半ば頃から山再開でしょうか。
それまでは静かにお休みです。
暑いお盆の最中の散歩でした。
ポチくん、記事を更新したよ。
さて次は、あなた
の番ですよ!
ガンバって下さいね~。![]()
カル2は、狛犬さんシリーズを創りましょうか。
では、また。
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越後の狛犬さん その4・その5の続きです。
三島郡出雲崎町羽黒町の1社で、4月9日2番目に訪れた神社です。
・諏訪神社(出雲崎町羽黒町)
出雲崎の独特な町並みを早朝に探訪です。
こちらには、お寺さんが多く見受けられました。
厳しい日本海で、かなりの方が亡くなったのでしょうね。
で、見付かりました。
石井町かと思ったら、周囲には羽黒町の表示が。
こちらも斜面にあり、海が良く見渡せました。
境内の上が道路に接していました。
後で気が付いたのですが、先にご紹介をした石井町の交差点近くの「石井神社」や「住吉神社」の直ぐ傍で、「良寛記念館」への道路でした。
狛犬さんは、石井町の「石井神社」と同じく文政11年(1828)年7月生まれでしたが、あちらよりも一回り小さく普通の大きさでした。
石灯篭の前には、ポツンと「阿」の狐さんが。
年齢不詳でした。
そして台座の上の、昭和4年(1929)5月生まれのキツネさん。
「稲荷社」には寄り損ないました。後日の宿題です。
続いて、こちらの羽黒町の「諏訪神社」。
続いて既出の「住吉神社」と「石井神社」の順でした。
ここからは、お参りした順となります。
「良寛記念館」に立ち寄り、お隣の長岡市に向かいました。
・三社神社(長岡市関原1)
江戸時代に建立された「白山神社」、「八幡神社」、「諏訪神社」が明治42年(1909)に「八幡神社」に合祀する形で出来たようです。
中越地震で拝殿が傾いたり、狛犬の台座が大きくずれたりの被害にあったとの事でした。
地域の方々のご努力で拝殿も無事再建され、舞殿も新たに造られました。
残念ながら、赤い両部鳥居の”眼の光る龍”は不在でした。
そして、これは新しい彫り物と思われますが、どこに使われるのでしょうか?
・八幡宮(長岡市上除町甲)
直線距離にして、5~600m南西方向に移動です。
表通りに車を置けず、路地をぐるぐると回り裏道から入ってしまいました。
長い参道がL字に曲がっていました。
八幡宮だからでしょうか?
狛犬さんたちは、怖かったのでしょうか?
それとも、泰然自若だったのでしょうか?
これで、その11はおしまいです。
越後の狛犬さんシリーズも、まだまだ続きます!![]()
・越後の狛犬さん その10は、こちらです。
・越後の狛犬さん その12は、こちらです。
では、また。![]()
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ご近所の狛犬さん”逗子市編”その3です。
・八幡宮(逗子市小坪4-9)
地元伊勢町の鎮守様で、「伊勢町八幡宮」と呼ばれいて大切にされています。
漁港が在る地区で、小坪の神社としたら広い境内と言えるでしょう。
祭神、由緒共に不詳です。
境内には、沢山の石碑や双体道祖神などが所狭しと祀られていました。
古い石灯籠には「文久3年(1863)2月、銚子 三浦屋」等と彫られていました。
昔からの漁港ですので、全国の船が寄港したのでしょうね。
※道祖神は「塞(さえ)の神」とか、「道陸神・道六神(どうろくじん)」と呼ばれています。悪霊、邪霊、悪鬼、疫神などが村里に入り込まないように、村境や辻を守るためにまつられた神です。
それが、縁結びの神とか夫婦和合の性の神のように変った様です。道祖神の象徴は、丸石の自然石であったり、陰陽石や男神と女神が睦みあう姿を彫り込んだもの(双体道祖神)など多種多様です。
そして、この道祖神のお祭りが小正月の火祭り、すなわち「どんど焼」、「左義長」にほかならないと考えられています。
今回はご紹介をしなかった諏訪神社(小坪4-19)の双体道祖神を1枚だけ。
これで小坪地区は終了です。
狛犬さん不在の神社が6社ありました。
まだまだ漏れが有ると思います。
判明次第、その都度追加をして行きます。
・山の神(逗子市新宿5-4)
標高100m足らずの披露山山頂直下で、古東海道スジに在ります。
山頂は展望の良い所で、江ノ島の後ろに富士山が。
南には大島も見えます。但し天気が良ければ!
この付近は、その昔のカル2の遊び場です。
戦時中に高射砲が3基造られて、その跡地を探検?したものでした。
高射砲跡は展望台や猿小屋?などに、兵舎跡はレストハウスなどになっています。
※披露山とは、鎌倉幕府への献上物を披露した場所とか、披露する役人が住んでいたからとか言われていますが・・・。
・祭神、由緒は以下の通りです。
もちろんこちらの狛犬さん?も年齢不詳です。
しかし、社裏からの海の眺めは昔のままか?
車道の反対側の観音堂にも寄ってみました。
こちらにも庚申塔などの石塔が並んでいました。
辛うじて読める?延宝9年(1681)、宝永3年(1706)11月、明和5年(1768)6月や天明2年(1782)10月等などの彫がありました。
やはり古東海道スジ、大昔に祈念されたのですね。
・ 稲荷社(逗子市新宿5-1)
披露山から新宿へ下りてきました。
途中の道端には、”庚申供養塔が在ったはず”と探してみましたが・・・。
道が海岸方面に曲がると直ぐに稲荷社があります。
「浪子不動」へ行く手前となります。
探していた庚申塔と思われる石塔が有りました。
きっと道路や住宅の工事の関係で1箇所にまとめて祀られたのでしょう。
こちらの新宿稲荷大明神も昔の遊び場でしたが、狛犬さんはあまり記憶が・・・。
お稲荷さんは、やはり少し派手な感じがしますね。
大正10年(1921)9月生まれで、この頃の流行?彫師の好みか?毛足が長かったです。
そして瞳が”アレッ?”と言う感じでした。
ニャンコさんの瞳に似た感じです。
小さな狛犬さんや可愛い表情の狛犬さん等、いろいろなのがありますね。
次回は逗子市桜山&沼間の狛犬さんをご紹介します。
・ご近所さんの狛犬さん その10は、こちらです。
・ご近所さんの狛犬さん その12は、こちらです。
ご近所の狛犬さんシリーズは続きます。![]()
では、また。
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越後の狛犬さんの第1部・お彼岸編の最終となります。
地震の影響が大きく、あちこちで復旧工事が進められていました。
・諏訪神社(柏崎市緑町1-5)
こちらは、1日目・3月18日にお参りをした最後の神社です。
境内は、復旧工事が行なわれていました。
丁度お昼休みの時間なので少しだけお邪魔しました。
祭神・由緒共に不明です。
石段の中間点に、赤い両部鳥居もありました。
キツネさんの年齢は不明でした。
文政11年(1828年)6月生まれの狛犬さんです。
皆さんが愛情を込め丹精していられるからか、都会ではあまり見る事が出来ない光景です。
ここから、「越後の狛犬さん その9」の
「春日神社」の続きとなります。
・白山神社(上越市五智6丁目)
杉林の中に、「愛宕神社」と「白山神社」が並んでいました。
お隣の「愛宕神社」は、狛犬さんが不在でした。
で、長~~~い石段を登ります。
これで、こちらにも不在だったら・・・。
そんな心配をしながら、かなり長~~~い石段を更に登ります。
石段の奥、更に右手の方から登って来ました。
もう少しです。
昭和10年(1935年)5月生まれの狛犬さんです。
滑る事・滑る事!
カルディナが、周囲の花々を撮ってくれました。
我々は交通費をかけて観に行かないとなりませんが、こちらでは正真正銘雑草のごとく、どこにでも生えています。
・居多神社(上越市五智6-1)
この日最後の「居多(こた)神社」です。
・ 祭神 大国主命(おおくにぬしのみこと)
奴奈川姫(ぬながわひめのこと)
建御名方命(たけみなかたのみこと)
・ 由緒 創立時は目本海に面した居多浜村
岩戸浦山の中腹にあったが、貞和年間
(1345~49年)に社地の陥没に合い、
慶応2年(1866年)更に山崩れを被り、
現地に遷移したという。
国司の尊崇を受け当国一宮として社運
隆盛をきわめた。
歴代の高田藩主の深い尊信にも合い、
絶大な庇護を受けた様です。
社号標と弐の鳥居
広い境内に先ず御本殿造営、そして更に整備が進められるのでしょう。
そうそう、こちらの境内には「雁田神社」も祀られていました。
この神社は、知る人ぞ知る!ですよね。![]()
お彼岸のお墓参り=狛犬さん詣で
も、無事に終了です。![]()
沢山の出逢いがありました。
怖い顔の狛犬さん、相当お年寄りの狛犬さん、優しい笑顔のキツネさん等など楽しい思い出です。
長々とお付き合い、本当に有難うございました。
・越後の狛犬さん その9は、こちらです。
・越後の狛犬さん その11は、こちらです。
越後の狛犬さんシリーズは続きます!![]()
4月9日の記事の続きとなります。
では、また。
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今回から、逗子市の狛犬さんのご紹介となります。
※ 御殿場平和公園の狛犬さんを写真集にアップしました。
狛犬さん写真集は、こちらです。
2月の中旬、暖かな日でした。
先ずは、逗子市小坪から。
こちらは鎌倉市と接する、逗子マリーナがある所です。
・神明宮(社)(逗子市小坪5-7)
カル2が子供の頃には、直ぐ前まで海でした。
崖渕の狭い土地に家が立ち並んでいます。
で、その家並みが案外と整然としています。
山城の「住吉城跡」の直ぐ下で、今回はご紹介をしませんが「住吉神社」も傍にあります。
祭神は「天照大神」と思われますが、由緒と共に不明です。
住吉城の関係で家並みを配置し、神社も守護として造られたのかも知れませんね。
狭い道を進むと、当然にも石段があります。
石段の脇には、何時の頃のものか?石塔なども祀られていました。
手前の天保2年(1831年)秋生まれの狛犬さん。
前足の下から頭頂部までが、30cmほどでした。
※ 一部の写真は、後日再訪時のも含まれて居ます。
神明宮から直線で100m足らずの位置です。
境内のこの辺りは、確か海岸だったような気が・・・。
こちらの子之神社もあちこちと遷座されたのでしょうね。
祭神は「子之神社」なので、「大国主命」と思われますが由緒と共に不明です。
やはり狭い境内で、コンパクトに祀られていました。

・一の宮神社(小坪4-3)
子之神社から直線距離50m足らずの位置です。
「一の宮神社」ですのでこちらも祭神は「大物主大神」と思われますが、由緒と共に不明です。
小坪は元々平らな土地が少ない所です。
こちらの境内もとても狭い感じがしますが、良くぞ神社を建立したな!と言う思いもしました。
その昔、近くに住んでいた名の有る武士か豪商が勧請したのでしょうか。
明治政府の神社合祀政策を上手に潜り抜けたのでしょうね。
それとも、何か絶大な力が働いて残されたのでしょうか?
*********************
今は小坪にも大きな建物がありますが、少し前までは狭い土地に小さな漁港が有る寒村といっても良いような所でした。
が、その昔は三浦一族や鎌倉武士が守りの要所として、とても重要視していた様です。
そんな関係か、ザッと数えて10社程の神社が残っていました。
本当に、良くぞ!と言う感じです。
今回から、狛犬さんの写真を少し減らしました。
狛犬さんの姿は、狛犬写真集に多数アップします。
是非、ご覧下さい。
・ご近所の狛犬さん その9は、こちらです。
・ご近所の狛犬さん その11は、こちらです。
最後までご覧頂き、有難うございました。
狛犬さんシリーズは、まだまだ続きます。
では、また。![]()
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昨日、中井の「蓮池の里」の小嶋さんから、”蓮の花が咲いたよ”とのお便りが届きました。
早速、行って来ました。
・花が咲き始めた、中井・蓮池の里
「花咲く 蓮池の里」のタウンニュースは、こちらです。
地図は、こちらです。
昨年の記事 ・カルディナ編は、こちらです。
・カル2編は、こちらです。
小嶋さんのお便りには、”蓮の花も首を長くして待ってます”と書かれていました。
で、伺ってみますと、本当に長くしていました。![]()
6月の18日に咲き始めたとかで、最盛期ほどでは有りませんが綺麗に咲いていました。
速報として、ご紹介!
まだ尻尾が残っているのが沢山、可愛いですね。
イボの具合から、ヒキガエルでしょうか?
小嶋さんにお話を伺ってみた所、赤色の濃い花が散ったばかりだとかでした。
8月の中旬まで、続々と綺麗に咲いてくれます。
花の盛り(今月中旬以降?)は本当に見事ですよ!
皆様、是非お立ち寄り下さい。![]()
我が家も、再訪のお約束をして帰途?に着きました。
数ヶ所、お立ち寄り
後、二宮町の「吾妻山公園」へ。
・吾妻山公園
二宮駅の山側の吾妻山公園です。
菜の花や桜の時季は、大変混雑をするとか。
二宮町役場からの道を登りました。
こんな看板や案内図がありました。
(少し大きめとなります。クリックを!)
写真は、帰りに撮りました。
こちらにお邪魔をした訳は、この方にご挨拶を!![]()
吾妻神社の狛犬さんです。
浅間神社は不在でした。
すごく登って来ました。
但し、天気が良ければ・・・。
相模湾、国府津方面の町並み、箱根から丹沢の山々までが見えます。
天気さえ良ければ・・・。![]()
時季により、コスモスや菜の花を前景に箱根の山々が眺められますし、広い芝生の中で子供達を遊ばすにはもってこいの公園です。
そうそう、結構長いローラー滑り台?もあり、大人も滑っていました。![]()
山道風の両側には花壇もあり、時季により種々の花が楽しめそうです。
咲いていた主な花は、他の公園と変わりはありませんでしたが。
蒸し暑い一日でしたが、汗を掻きながらも楽しく過ごす事が出来ました。
中井の「蓮池の里」の速報でした。
最後までご覧いただき、有難うございました。
では、また。![]()
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越後の狛犬さんシリーズです。
越後の狛犬さん その8は、こちらです。
お彼岸のお墓参りの翌日です。
何時もの「米山の麓」の散策を早めに切り上げて
カルディナの提案に因り、上越市へ。
カルディナのそのレポは、こちらです。
・春日山神社(上越市大豆1743)
某TV番組の影響なのでしょうか?駐車場が満車状態でした。
なんとかスペースを見つけて駐車。
お参りです。(狛犬さん詣でとも言いますね
)
・祭神 上杉謙信
・由緒 明治20年に旧高田藩士小川澄晴が浄財
を募り、祭主となって明治43年に創建。
上杉謙信公ゆかりの春日山城址内に鎮座
し、米沢の上杉神社を分霊したもの。
日本近代童話の父とも呼ばれる童話作家
小川未明は、小川澄晴の長男との事です。
童謡作家・小川未明氏の関係でしょうか?
平成20年5月生まれの狛犬さんです。
平成16年8月生まれのキツネさんですが、赤いマントを身に着けていました。
ちょっと失礼をして、頭巾を・・・。
野の花々があちらこちらに咲いていました。
春日城址を降りて、 春日神社に移動です。
・春日神社(上越市春日9)
・祭神 天兒屋神 (まめのこやねのかみ)
武甕槌神 (たけみかづちのかみ)
経津主神 (ふつぬしのかみ)
比賣神 (ひめかみ)
・由緒 春日神社の創建は天徳2年(958年)、
現在の春日山山頂付近に奈良県にある
春日大社の分霊を勧請したのが始まり。
越後国府全域の鎮護の神として広く信仰
され、永徳元年(1381)に時の守護代
長尾高景が春日山城を築城するにあたり
現在地に遷座した。
この場所は春日山城から見ると鬼門にあ
たるため、領内の守護として歴代の領主
に崇敬された。 神社由緒書きより抜粋
春日山の語源となった春日神社にお参りです。
こちらもご多聞にもれずに階段がありました。
こちらの神社も細長い境内でした。
この後、付近の神社にお参りをしながら帰途に着きました。
次回で、お彼岸の越後の狛犬さん詣で神社のお参りは終了となります。![]()
長々と有難うございます。
・越後の狛犬さん その8は、こちらです。
・越後の狛犬さん その10は、こちらです。
狛犬さんシリーズは、まだまだ続きます。![]()
では、また。
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先週の初めの晴れた日、藤沢駅の南側に在る
「新林(しんばやし)公園」に行って来ました。
それほど広くは有りませんが谷戸の自然が多く残されており、短い山道もある公園です。
里山の木々とその山道を楽しみに、時々遊びに行きます。
今回は、もちろん1箇所寄り道をして!でした。![]()
寄り道の詳細は、後日ご報告。![]()
寄り道は、川名の御霊神社です。
裏参道のムラサキクンシランが綺麗でした。
公園に向かう途中に、こんな方が。
トコトコトコ。”こにゃにゃちにゃん!”![]()
と言ったとか、言わなかったとか?![]()
人懐っこいニャンコさんでした。
出かけるのが遅かったのと寄り道に時間をとられ、公園に着いたのがお昼になってしまいました。
昔から”腹が減っては・・・”と言いますので、
先ずはベンチでお昼に。
目線の端に何か横切るものが。
匂いに釣られて出て来ましたね。
めがけてピョ~~~ン!
看板が有ります。
食べ終わったリス君がこんなツブヤキを。
”ねぇ、生態系が崩れるから、ぼく達にご飯をくれてはいけないのだって。
アヒルカモさんやカメコイさんにはあげても良いらしいけどね。
なんか変だよね。
それにね、生態系うんぬんなら、ブラックバスやブルーギルはどうなんだろうね?
ぼく達よりも、よほど影響があるのでは?”
と言っていた様に、カル2には聞こえました。
で、”生態系もそうだけど、電線なんかを齧らないようにね!”と声を掛けてしまいました。
すると、”本能で、どうしても齧ってしまうんだよね”
とも言っていたみたいでした。![]()
さて、ランチも終了し、暑いですが山道に。
木漏れ日の道を気持ち良く 大汗を拭きながら
歩いて来ました。![]()
![]()
![]()
ヤマユリやリョウブ咲いていました。少し早目かも?
山道は暑くて仕方がないので、ハギやハンゲショウを眺めながら、池へ行ってみました。
何時もの「ふれあいたんぼ」のイネは、元気に葉を伸ばしていました。
コンデジの写真なので、クリックでどうぞ!(切り取り写真です)
”登ろうっと!”
亀さんが草地に上がりたくて仕方がない様子。
お腹の半分までは上がるのですが、お尻がぁ・・・。
何度も何度も挑戦をしていましたが、最後は諦めて左側の岩の上へ。
先住者?を押しのけて登っていました。![]()
こんな長閑な景色を眺めて、帰途に着きました。
梅雨の合間の出来事でした。
では、また。![]()
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ご近所の狛犬さんたち その8の続きですが、実際にはその8最後の「諏訪神社」の前にお参りをしています。
・ご近所の狛犬さんたち その8は、こちらです。
・八坂大神(八坂神社)(戸塚区東俣野1637)
・ 祭神 素戔嗚尊 (すさのおのみこと)
・ 由緒 享保18年(1733年)に創建。
寛政7年(1795年)3月社殿造営。
文政3年(1820年)覆殿修蔵。
明治6年村社に列格。
昭和61年に再度改築し、現在に至る。
旧鎌倉往還(鎌倉~八王子)の途中にあります。
こちらの神社もご多聞にもれず、道路や宅地・畑に用地を切り取られている様です。
まず、昭和56年1月生まれの狛犬さん。
〇治元年11月生まれ。〇の中がかなり不鮮明。
横浜市の石造調査資料によると、元治元年(1864年)との事です。
かなり補修されていますが、原型を留めている様子。
こちらには、鳥居が見当たりませんよね。
上の写真を拡大してご覧下さい。
鳥居は、狛犬さんが見送っている車の先で、拝殿から4~50mも離れた位置にあります。
八坂大神はこの地区の鎮守様で、かなり広い敷地を有していた様です。
社殿を背にした位置関係です。
道路が鳥居を迂回していますね。
鳥居を潜った右手・写真正面の木陰に、数基の石塔が祀られていました。
右・かまくら道、左・八ヲうじ道の道標も彫られていました。
1番左には、形の判別が出来ない石塔がありました。
そして、近くにはこんな案内も設置されていました。
東俣野中央公園の南西端にある、同じく「八坂神社」です。
直線距離、約600mの位置にあります。
・八坂神社(戸塚区東俣野873付近)
上記の「八坂神社」の分社とお伺いしました。
鳥居の右に、天保10年(1839年)9月の庚申塔が。
1番手前・道路に向かって、文化12年(1815年)12月の双体道祖神。
参道と平行に、延寶7年(1679年)正月の青面金剛像と延寶3年(1675年)10月の庚申塔。
青面金剛像にはお猿さんの姿がしっかりと残っていました。
そして、右側にはかなり年代を経たお社が2社。
狭い道路を挟んだ向かいには、小さいながらも稲荷社が祭られていました。
地域を見つめていたのでしょう。
当日は、この後に前出の影取の「諏訪神社」にお参りをして、第1回狛犬さん詣での旅は終了となりました。
2月の暖かな1日の出来事でした。
※ 一部の写真は、再訪時のものがあります。
長々とお付き合い、有難うございました。
これで、狛犬さんシリーズが終了ではありませんので!![]()
この先、まだまだ続きます。![]()
・ご近所の狛犬さんたち その8は、こちらです。
・ご近所の狛犬さんたち その10は、こちらです。
次回から、ご近所の狛犬さんは「逗子市」の狛犬さんとなります。
最後までご覧いただき、有難うございました。
では、また。![]()
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越後の狛犬さん その7は、こちらです。
こんな怖い顔をして歓迎?してくれた「三島神社」の狛犬さんとお別れをして先に進みます。
そして、こんな笑顔のキツネさんに出逢えました。![]()
・豊洲神社(柏崎市中浜1-8)
・ 祭神 建御名方命(たてみなかたのみこと)
保食神、松平定敬ほか五柱神
・ 由緒 創建時期は不明。
天慶年間(938~946年)に社殿を創設。
当時の領主、松平定敬公の加護の下
安政5年十六菊花紋章を、慶応元年に
正一位の神階を勅許されたとか。
昭和4年火災により社殿消失・再建。
道路を挟んで反対側の「勝願寺さん」の駐車スペースをお借りしてお参りです。
昭和11年8月生まれの狛犬さんです。
そちらにも狛犬さんが1対。
明治46年9月生まれでした。
こちらのキツネさんは、笑顔で迎えてくれました。
普通はとっても怖い顔ですよね。![]()
昭和7年生まれでした。月は不明です。
ここまで穏やかな笑顔のキツネさんは初めて!と言っても良いくらいです。
ほんわかと暖かい気持ちで狛さん詣でを続けました。![]()
三大番神の1つの「柏崎番神堂」には、陶製の狛犬さんが居られるとの事でしたが、地震の影響なのか不在でした。
直ぐ近くのこちらにお参りです。
・諏訪神社(柏崎市番神2-4)
祭神・由緒は不明です。
裏から入りまして、社殿の写真を取り損ねました。![]()
「船中安全」の彫りがありました。
正面に道中安全ではなく、船中安全の彫りでした。
帰り際、駐車場の傍の茂みにジョウビタキが遊びに来ていました。
今回は、笑顔のキツネさんに逢えました。
さて、次はどんなお方に出逢えますか?楽しみです。
という事で、狛犬さんシリーズは続きます!![]()
・越後の狛犬さん その7は、こちらです。
・越後の狛犬さん その9は、こちらです。
最後までご覧いただき、有難うございました。
では、また。
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先日、「やまさん」から花が咲いていますよ!との情報をいただきましたので、町田市の薬師池に行って来ました。
今回は、ミニクマさんチームとご一緒です。
いつも通りの「リス園」横の駐車場は、かなり埋まっていました。
園内に入ると、やはり人が多い感じでした。
今日の目的の1つ、水生植物のコーナー?の、コウホネやアサザ。
おや、今年も新体操の練習をしていますね。![]()
採点、9.9 10 9.8 10 10 ・・・。![]()
昨年、やまさん に教えて頂いた、バイカアマチャの雌・雄花。
で、今回の2つ目の目的の花です。
少しづつ色も違いますので、ベタベタと。
他にも沢山の綺麗な紫陽花が咲いていましたが
とりあえず、これくらいご紹介。
ナラ、クヌギやカエデの林?の中を涼しい風が抜けていきます。
池の傍に下りると、この方が。
池には、いらっしゃいますね~ぇ。
あひるかも?や、かめこいさん達が。
花は綺麗でしたが、なにせ天気が良すぎました。
では、第3の目的の池の取材です。
(主目的とも言います)![]()
う~ん、居ますね~。あひるかも や カメさんが。

呼んでみますね。 ”カメ~来~~~い!”
ありゃ、”カモ~来~~~い!”と聴き間違えましたかね?
うじゃうじゃとカメさんと勘違いコイさんが。![]()
”かも~~~う(ん)!と呼ぶことが出来ず。![]()
去年みたいには、上手に取材が・・・。![]()
仕方がないですね、こういう事もありますよね。
自分だけ取材活動?が忙しかった様な1日でした。
で、ミニクマさんチームは、楽しむ事が出来たか少し心配ですが・・・。![]()
こんな感じの現場からのレポでした。違うか?
↑誰かのパクリです。![]()
最後までお読みいただき、有難うございました。
次は、「越後の狛さん」かな?
では、また。![]()
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ツツジを楽しみに赤城へ・第4弾で、最終立ち寄り地点「見晴山」です。
「ツツジを楽しみに赤城へ、その2・地蔵岳」で ご紹介した、足利市から来られた”笑顔の素敵なご夫妻”です。
このブログなら、北海道にお住まいの息子さんにご覧いただける可能性がありそうなので再掲出しました。
”北海道の息子さん、ご両親はお元気に山遊びを楽しんでいられましたよ!”
詳しくは、「ツツジを楽しみに赤城へ、その2・地蔵岳」をご覧下さい。
・ツツジを楽しみに赤城へ、その1~3は、こちらです。
では、本題のレポとなります。行動日は6月9日(火)です。
「長七郎山・小地蔵岳」から降りて、赤城道路を前橋方面に進み「見晴山」の駐車場に入りました。
15時を過ぎていますが、駐車場は5割ほど埋まっていました。
で、これから今日最後のお花見です。
階段を少し登って、牧場の一部だった様なお山へ。
ヤマツツジとレンゲツツジが混色されていました。
満開のレンゲツツジに、”わーすごい!”連発。
”ちょっとそこのお兄さんおじさん、オヤジサンダルか~?”
と、あの方に言われそう。![]()
”そうです、どうせオヤジなものですからね~!”![]()
更に少し登ると東屋がありその上が山頂で、駐車場からほんの5分くらいで1458mに到達でした。![]()
山頂付近にはハイキンポウゲの群落がありましたが、可哀想なくらいに踏み潰されていました。
満開のツツジを十二分に堪能、のんびり・ぼちぼちと下山しました。
すぐ下に「赤城道路」が見えます。
駐車場から近いので、16時を過ぎても立ち寄られる方が大勢いられました。
更にほんの少し移動をして総合案内所に寄り、白樺牧場の感じや「鈴ヶ岳」の雰囲気を味わって来ました。
これで今回の「ツツジを楽しみに赤城へ」のレポは全て終了となります。
拙い文章と同じ様な写真ばかりをご覧頂きました。
自分の思い出として作っていますので、ご容赦の程を。
優しいご夫妻、若葉色の木々や満開の花々と出逢う事が出来ました。
背中を押してくださったアフーさん、本当に有難うございました。
・カルディナのレポは、こちらです。
・カル2のレポ1~3は、こちらです。
ご覧いただけると嬉しいです。
最後までお読みいただき、有難うございました。
さてと、次は狛犬さんのレポかな?なんちて
では、また。![]()
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ポチは、とっさ報告するつもりだった。
*このエントリは、ブログペットの「ポチ」が書きました。
**********
ポチが記事をアップしてくれました。
まあ、意味は何時もの通りで・・・。
で、花の写真とポチの好きな写真をプレゼント!
今月の2日、こちらに行って来ました。
続いて、カメさん。
この時季は、新体操の練習はやらないようでした。
拡大しないと見えない鴨。
寄って来ましたね~ぇ。
掛け声はもちろん”かめこい”!
沢山集まり始めました。
そうそう、こんなのがゆったりと飛んでいました。
飛ばないはずなのにね。
何で”飛ばないはず”かって?
それはね、名前からでして・・・。
ひこうせんでしょっ! なんちて
ポチは喜んでくれたかな?
では、また。![]()
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ポチの書いてくれた記事を下げてしまいますが、次が控えていますので・・・。![]()
先週のこと、本当に久々の散歩です。
あそこの花は?とか、あそこの鴨さんは?とか考えながら歩いてみました。
いつもの用水路のところです。
クマミズキの小さな実やさくらんぼ、エゴノキの花などが迎えてくれました。
そして、いつもの?鴨さんも流れを楽しんでいました。
が、写真は間に合わず!でした。![]()
![]()
周辺の畑は端境期の様で、サツマイモの植え付けが終わったばかりでした。
足元には、オヘビイチゴやシロツメクサが咲き、蝶も遊びに来ていました。
ヒメウラナミジャノメが撮影ポーズを。
少し行くと、スイカズラが満開でした。
今年は開花が少し早いですね。
こちらのサニーレタス?はもう直ぐ出荷でしょうか?
こんな景色が見れる、好きな所です。
丹沢から富士山、そして箱根の山々が一望できます。
天気が今一で、富士山が薄っすらと。
次回は天気の良い日に行って来ます。

カル2 : くつろいでいますね~ぇ。
ニャンコ : はい~ぃ!
カル2 : 随分猫背になりましたが、今年の赤ちゃんは?
ニャンコ : そうなんですよね。猫族なものでしてね。
チビちゃんは、もう少しお待ちくださいニャン。
との会話をしたとか?しないとか?
※ 去年のニャンレポは、こちらです。
こんな会話を書いていると、”与太郎さん&ポチの散歩”をソロソロ書こうかな?何て思ってしまいます。![]()
で、今年最初の散歩は少し足を延ばします。
と言っても、別に足が長くなる訳では有りませんがね。
本当は、長くなれば嬉しいのだけど!
ちょいと離れた所の、崖に寄って見ましたが、花がない。
来るのが少し遅かった。
で、少しだけ。
これ、なんという名前だか思い出せません。
実に毛が生えています。これも、未だ早かった。
コウゾでした。
やまさんに教えていただきました。
こんな具合で、今年最初の散歩はやや消化不良でした。
でも、雨にも降られず・暑くもなくて良い散歩日和。
まあ、OKでしょうね。
長々と引っ張り過ぎました。
最後までお読みいただき、有難うございました。
次回は、花が沢山ある時に!
では、また。
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5月7・8日に「刈羽三山」に行って来ました。
しかし、「刈羽黒姫山」では、登山道が見付からなくて困った事になりました。
コースを変更して、結果として「二山」となってしまいました。![]()
そのレポは、カルディナのブログ&カル2のHPにて!
で、山遊びの隙間?に狛犬さん詣で!![]()
今回は、9社を巡りました。
その内の山に近い所の駒犬さんをご紹介します。
・ 圓田(えんた)神社(上越市柿崎区岩手)
「米山」を下山し、高柳に向かい「25号・柿崎小国線」に入ると直ぐに鳥居が有りました。
地名は岩手(いわで)だそうです。
由緒は下の写真をクリックして下さい。
境内からは米山3(さん)が望め、杉の木には白い藤が綺麗に咲いていました。
広い境内の様でしたが、何となく社務所?の建物が偉大な感じがしました。
この周辺の集会場も兼ねるからでしょうか?
・ 黒姫山鵜川神社
(柏崎市高柳町高尾字黒姫山)
・祭神 罔象女命(みずはめのみこと)・水の神様
黒姫神(くろひめのかみ)・山の神様
「黒姫大神は、伝説によると西頚城郡一の宮村黒姫山鎮座の奴奈川姫命であって、越後の国を経営された大国主命の妃で、建御名方命(諏訪の大神)の御母である。その昔この地に植民を図られ、機織など土民に教えられたので、後年住民の敬慕の情切なる余り機織りの神として合せ祀る。」と記されています。
と、「伝説の黒姫」(大正元年高柳村誌)には記されています。
別の説には、黒姫は黒媛ともあらわされ、黒媛命は奴奈川媛の母で黒姫命は信濃に生まれ、越の奴奈川彦に嫁ぎて奴奈川姫を生んだともいう。そうなれば、諏訪神・建御名方命(タケミナカタノミコト)の祖母ということになるのでしょう。
罔象女命(ミズハメノミコト)は水神で、水利を司る農耕の神として祀られることが多い様で。妙高山麓から柏崎にかけて、水波神として祀られる例が見られます。
と長々となりましたが、他にも説があり調べるほど分からなくなります。
で、とにかく黒姫山鵜川神社は古来から「機の神、養蚕の神、水の神」として信仰されていたようです。
通常ですと、11月~5月は雪に覆われるとの事です。
室町時代の様式で、胸を張り耳をそばだたせた山犬の様相で古様の作りでした。
一木造りで材質は欅とおもわれます。
初めは着色してあったらしく、わずかに彩色が残っていました。
生年月日は不明です。
写真集の中にもう少し大き目のを貼りました。 5/15追記
写真集は、こちらです。

狛犬さんの奥に祀られている1対の武士?公家?神様?は距離が有り良く確認出来ませんでした。
そして、祭壇の1番手前には、こんな美人がお二人も!
織姫ノ神です。
写真は全て拡大できますので、クリックを!
如何ですか?
こんな山の上の神社ですが、こんな美人にお逢いできるとは!
で、お宅の山の神様とどちらが?
えっ、我が家ですか? もちろんっ・・・。![]()
黒姫山と呼ばれる山はこの刈羽黒姫山(891m)、西頸城郡青海町の黒姫山(1222m)と長野県信濃町の黒姫山(2053m)の三座があり、信州修験道とのつながりがあると思われます。黒姫鵜川神社に伝わる狛犬も信州修験道に関わるものかと思われますが、詳しい事は分かりません。
黒姫山鵜川神社のみで、1レポ出来てしまいますので次へ。
・ 十二神社(柏崎市高柳町高尾)
早朝と白倉からのタクシーの中で、”帰りに寄るよ!”と声を掛けた「磯之辺」の神社です。
失礼ながら、こんな山奥の開墾地の神社にしては、とっても素晴らしい造りでした。
この神社には、柏崎市の重要文化財に指定されている彫刻「修験者坐像」が奉納されているそうです。
階段を登ります。
それほど大きくはない社殿ですが、周囲には素晴らしい彫り物が見られました。
阿吽とも小さな角付きのしっかりした狛犬さんでした。
境内の片隅には、お社や石仏が沢山祀られていました。
明治30年との彫りのある水鉢もありました。
社殿の彫り物といい、狛犬さんの綺麗さといい、地域の方達の信仰心の厚さが伝わって来ました。
きっと、その昔から大切に護られていたのでしょうね。
何となく、ほのぼのとした気持ちになったカル2でした。
何所にお邪魔をしても、中越地震の被害が相当大きかった事が伺われました。
今回は、カルディナが探し出してくれた「神殿狛犬さん」に逢うことが出来ました。
道がなくなりコース変更を余儀なくしましたが、困った事よりも得た出逢いがとっても素晴らしかった2日間でした。
これで、「越後の狛犬さん その6」はおしまいです。
・越後の狛犬さん その5は、こちらです。
・越後の狛犬さん その7は、こちらです。
長々とお読みいただき、有難うございました。
狛犬さんシリーズは、まだまだ続きます!![]()
では、また。![]()
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この記事はカルディナが代表で書きました。
皆さんに遅れて やっと行って来ました!
カルディナが撮影に失敗してママさんのところからいただきました(^^ゞ
日曜日に行く予定にしていましたが急用が出来 最終日のきょう 行って来ました。
うふふふ
おかげで 弱足ママさん にやっとお会いできました!!!
優しくて 柔らかくてとっても素敵な弱足ママさん。
いろいろ説明していただいた安藤さんにママさんのファンですか?と聞かれ ハイ! と二つ返事でした![]()
素晴らしい展示会でしたね。
時間が立つのも忘れてしまいました。
ママさんや他の方の 手作りのバッジ
実物もとってもきれいで一段と輝いていて オリジナルのバッジってなんて素敵なんだ と改めて思いました。
カルディナも山歩きを始めたとき 何度か買い集めたのですがテレホンカードが出てから切り替えてしまいました。
今ではテレホンカードも手に入りにくくなって ちょっぴり後悔しました。
そしていろんなバッジがあるんですね。
改めて驚きです。
きれいに保存されていた関係者の皆様の熱い思いが伝わってきました。
とても素敵な時間を作っていただいた関係者の皆様 ほんとにありがとうございました。
カルさんず
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