狛犬(ちょい遠目?)04

ちょい遠目の狛犬さん その20

昨年の7月21日、中井の蓮池の里を訪ねる前後です。

昨年の蓮池の里のレポはこちらです。

・カルディナのブログ
・カル2編のブログ



今回も平塚の土屋橋経由です。
同年7月1日の続きの神社探訪でしたが、2社立ち寄るも残念ながら不在でした。


土屋橋から中井に抜ける道を七国峠の少々手前まで登り右折です。
愛宕山山頂の公園に隣接して在ります。
愛宕山公園には桜、梅、桃等が密生し、特に八重桜の大木が評判との事です。



・愛宕神社(平塚市土屋3963)


・祭 神 火産之命 (ひむすびのみこと)

・由 緒
現在地に天正三年の頃より愛宕社があり、八沢の鎮守として尊崇され特に地頭田沢久左衛門は尊崇し多くの寄進をしている。(相模風土記)
明治四十五年五月、熊野神社に合祀され、後、社殿焼失し石祠二基が残った。
太平洋戦争後、住民愛宕社の復活を願諸多く草山智義翁彼等を組織し、昭和二十四年四月二日、火産之命の神璽を迎え仮社殿に奉斎し、以来三ヶ年戦後の窮乏の中にも神社建立を念願し、昭和二十七年一月二日、社殿建立決議し同日鍬入式を行い、同年四月二十四日、拝殿落成、同日を例祭日と定め昭和二十八年一月二十八日、宗教法人愛宕神社が創立された。
昭和四十二年には幣殿覆殿が完成し漸次整備が進んでいる。神社庁資料より



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明治16年(1883)4月の彫りがある手水鉢の龍が大き過ぎ?後付けのようですね。

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石段を登りきると狛犬さんが、ツツジの大株上から覗いていました。

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平成元年(1989)4月生まれの狛犬さんです。

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愛宕山は眺望がとっても良いとの事ですが、神社の周囲は木立が多く視界ゼロでした。

境内には焼け残った祠でしょうか?いつの頃のものか定かではありませんが、かなり古い石祠が祀られていました。

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この後、中井蓮池の里を訪ねました。
その時の1枚だけ。

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蓮を正面から見たり、斜めに眺めたりしながら十分に楽しんでおいとまでした。
来た道を少し戻り、東名中井IC近くのこちらへお参りでした。



・蓑笠神社(足柄上郡中井町井ノ口2039)


・祭 神  素盞嗚命 (すさのおのみこと)

・由緒伝来
ここは井ノ口全体の鎮守と仰がれ、祭神は素盞嗚命と伝えられる。
その由来は、素盞嗚命が旅の途中、蓑笠をこの地に置いていかれたとの説や、昔、この土地で四月一日の農具市に、蓑笠が商品の多くを占めたので、人々が「蓑笠の森」といった(群書類従)のが伝わった、などが考えられる。
以前は、四月十日が祭日であったが、近頃は四月十日に近い日曜日になり、神楽や演芸が催されている。この祭当日は、必ずといってよいほど蓑笠にふさわしくよく雨が降る。後略 社頭の掲示板より


こちらもご多分にもれず道路拡張により狭くなったとかで、かなり細長い境内でした。


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昭和33年(1958)4月生まれの狛犬さんです。

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境内の片隅に、かなり年代物と思われる石祠が祀られていました。

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そして樹齢400年を越えると言われている欅のご神木が祀られた、割合静かな境内でした。

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71号線を二宮方面に向かい、3箇所にお参りするも不在。更に2.5キロほど南下。
71号線から旧道を横切り、一色公民館の奥の小高い山の中腹へ。




・神明神社(中郡二宮町一色宮根1058)    

・祭 神 大日霎貴命(おおひるめのみこと)
      (天照大神)

・由緒沿革
一色は鎌倉時代(1192~1333年)盛んに武具の鋳造が行なわれていたと、伝えられ、神社の近くに「金クソ」と言う地名も現存する。その工人達によって一色は開かれ、そして土地の鎮守として創祀されたのが、神明神社であると、言われている。戦前は毎月一日・十五日には、平和と氏子の健康、出征兵士の、武運長久を祈る、祈願祭りが行なわれ住民や近隣からの参拝者も多かった。 社頭の掲示板より


周辺は斜面の多い畑や民家が点在する地区で、割合広めの境内でした。

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祭壇には綺麗な榊が供えてありました。
そして、年令不明の狛犬さんです。

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拝殿の左手には、浅間神社が祀られていました。石碑や祠内に木花開耶姫命・木花之佐久夜毘売命と記されていました。石碑には、安政7年(1860)6月の彫りも。
謂れなどは下の掲示板をクリックしてご覧下さい。
かなり拡大します。

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71号線を更に1.5キロ南下、小田・厚木道路を潜り直ぐに左折。二宮中里団地に隣接しています。
小田原厚木道路と東海道新幹線に挟まれた位置で、なかなか各種走行音が賑やかな神社でした。




・明星(あかほし)神社
      
(中郡二宮町中里宮久保886)


・祭 神 天香香背男命 (あめのかがせおのみこと)

・由緒沿革
慶長6年(1601)  岩間藤七祈願により再建す
寛永20年(1643) 地頭伏見勘七本殿を造営す
延宝3年(1675)  再修す
この御神躰は、昔は打越の若宮にあったと伝えられている。ある年の七月二十三日に洪水があり、その時白馬にまたがり弓を持った八幡様の御神躰が流れてきたのを農家の人がみつけ、何所へ祀ろうかと思案していたところ、天の一角に暁の明星がキラキラ輝いていたので、その星の位置に向かってこれを祀ったと伝えられている。その場所が現在位置で、その時の「暁の明星」に因んで「明星神社」と名づけられた。 社頭案内板より



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かなり立派な拝殿内で、茅葺きの時代の写真も飾られていました。
そして、昭和12年(1937)7月生まれの狛犬さん。御開帳記念の彫りもありました。

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境内の大きな公孫樹には青々とした銀杏がたわわに実りつつありました。その周辺には、石塔や庚申塔が祀られており、地神社の石塔には弘化3年(1846)2月の文字もありました。

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71号線を更に南下。新幹線を潜り3~400m先の元町駐在前交差点を左折、直ぐ右折した先。



おまけです。

・妙見神社(中郡二宮町二宮)


狛犬さん不在社です。
石段のの登り口には石塔などが祀られていました。
双体神に「」の文字が読み取れますが、天保なのでしょうね。天明ですととっても楽しいのですが。

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石段の途中には、ヤマユリがとても綺麗に咲いていて良い香りも漂っていました。

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取り合えず、7月21日分の第1部は終了です。
しかし、第2部は来週以降となりそうで、どうも周回遅れとなりそうです。

この後は、カルディナの希望で小田原の『石垣山・一夜城』へ移動、その後に周辺の探訪です。

多くの狛犬写真があります
カル2の狛犬さん写真集は、こちらです。



・ちょい遠目の狛犬さん その19は、こちらです。

・ちょい遠目の狛犬さん その21は、こちらです。



ちょい遠目の狛犬さんシリーズもまだまだ続きます。



では、また。 

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ちょい遠目の狛犬さん その19

昨年の七夕の日の続きです。

大月市内のこちらに、ちょこっと立ち寄り。



・三嶋神社(大月市駒橋1-3)



祭 神 大山祇命(おおやまつみのみこと)

・由 緒
 西暦806年山の神さま大山祇神を祀り創建、御本社は愛媛県大山祇神社、この地を藤原氏が荘園とし中心に当社を東西の境にも三嶋社を建立支配、後皇室に献上され波加利新荘となる。中世小山田氏岩殿山に砦を構え当社を守護神と仰ぎ、備中守の面と言う鬼面石を残す。甲州街道開設と共に道中安全祈願で賑わう。明治8年に郷社大月市大半が氏子また崇敬者となる。 
   
社頭の社碑より


古くは『中の宮、四本木さん』と呼ばれていたそうです。こちらの境内も、20号線の拡張に因りかなり狭くなってしまったとか。

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昭和44年(1969)9月生まれの狛犬さんです。

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三嶋神社の写真が少なかったので、次回大月方面に行った際に追加を予定していますが・・・。




この後は、神奈川県に戻ります。

三ヶ木から厚木に向かう国道412号線沿いです。




・青山神社(相模原市緑区青山1013)
  (諏訪神社)


・祭 神 建御名方命(たけみなかたのみこと)
       日本武尊(やまとたけるのみこと)
       木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)

・由 緒
 建長年間(1249~1255)に、道隆蘭渓(鎌倉建長寺開山宋僧の大覚禅師)の勧請と申し伝えられています。もともと諏訪神社でしたが、明治6年(1873)に、村内の雑社八坂神社と御獄神社を合併して青山神社と改称しました。その後、大正7年(1918)には浅間神社も合併しています。



青山神社の『小浜下り』や『関の首長(くびちょう)囃子』が有名です。
『首長』とは明治初期にお囃子を伝えた「柳川長吉(やながわちょうきち)』という人に由来しています。首長囃子は屋台、昇殿、三下がり、四丁目、仁羽、モドキ、子守り、古囃子の曲目を笛、締太鼓、大太鼓、ヨスケ(鉦)で奏で、狐、おかめ、火吹男(ひょっとこ)等が賑やかに踊ります。

こちらの境内も道路拡張の関係で、かなり敷地が狭くなったそうです。



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長めの石段の途中には 、こんな方が。

昭和3年(1928)8月生まれの狛犬さんです。

子獅子が”お父ちゃ~~~ん”と甘えている様な?

そして、お父ちゃんが嬉そうに眼を細めている様な?

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境内の片隅に、不動明王や道祖神が祀られていました。

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何となくほっこりとした気持ちになり、厚木市及川の『八幡神社』へ移動でした。

『八幡神社』は厚木市なので、 『ご近所さん 25』に記載しました。

これで7月7日・七夕の狛犬さん詣では終了です。

周回遅れと成らず良かったです。

で、先日お参りした『青山神社』のお隣の『白山神社』のご紹介です。




・白山神社(相模原市緑区長竹1183-6)



・祭 神 伊弉冊命(いざなみのみこと)
       火之加具土神(ひのかぐつちのかみ)
             菅原道真(すがわらみちざね)
             素盞烏尊(すさのおのみこと)

・由 緒 不明



こちらの境内も『青山神社同様に道路拡張に因りかなり狭くなっていました。

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石段を登りきると、何んとも表現が難しいこの方が。

年令は不明です。

境内には新しい感じのする鳥居や社号標があり、社号標の後ろには「平成二年七月吉日」の彫りがありましたので、おなじ頃の建立かも知れません。

何んとも言えない、つぶらな瞳のライオン(獅子)さんでした。

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これぞ正しく、狛獅子ですね。

いつも暗くなってから通る道沿いの、気になっていた神社にお参りでした。

こちらは、ほっこりと言うよりも、なんじゃいな?ですよね。

社号標に彫られていた、奈良さんのご注文だったのでしょうか?



で、次回のちょい遠目は、青梅方面となります。



多くの狛犬写真があります
カル2の狛犬さん写真集は、こちらです。



・ちょい遠目の狛犬さん その18は、こちらです。

・ちょい遠目の狛犬さん その20は、こちらです。



ちょい遠目の狛犬さんシリーズもまだまだ続きます。



では、また。

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ちょい遠目の狛犬さん その18

今回の取材日は、昨年の七夕の日です。

ちょこっと大月まで行く事に。そのついでに!




先ずは、初狩駅の裏側・南側100m足らずの所にお邪魔でした。




・八幡神社(大月市初狩町下初狩3402)



なかなか雰囲気のある神社構えで、しっとりとしていましたが狛犬さんを眺めて・・・。



祭 神 誉田別命(ほんだわけのみこと)

・由 緒 
  社地は古くより鎌倉山と云い、明らかに中世の砦であり、そこに鎮座しているので鎌倉山八幡宮と称した。
 建保元年(1213)和田義盛の乱の功績により、武田信光に波加利本庄(今の初狩地区)が与えられているが、信光が幕府に対する忠誠の証として八幡神社を創建したのではないか。
 また、甲斐国史にも『社中に古井あり甚清麗なり御供水と称す』と記されており、現在でも清水が湧き出ている。   
神社庁資料より

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鳥居手前の年令不明の狛犬さんです。この形は初対面です。

右が吽、左が阿の様ですね。

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拝殿側の平成9年(1997)秋祭生まれの狛犬さんです。

平成生まれも案外と良い顔をしていますね。

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杉の巨木が鬱蒼とするかなり広い境内には、多くの境内社が祀られていました。下草の中にこんな花も咲いていました。

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こんな変わった狛犬さんとの対面を済ませて更に取材続行。中央線のガード下が極端に狭くなっていて、ミラーを倒そうかな?と考えながら通り抜けた事が印象的でしたね。途中狛犬さん不在の神社にもお参りをしながら直線距離500mほどの所でした。





・高岩四所神社(大月市初狩町中初狩2439)



初狩駅から西方400mほどの線路沿いの丘の上でした。参道の途中の石鳥居には高巌神社』の扁額が架かっていました。更に少し登ると境内で、入口には朱色の二の屋根付きの神明鳥居が建立されていました。


・ 祭 神  国常立命(くにとこたちのみこと)
         
 日本武尊(やまとたけるのみこと)
               磐筒男命(いはつつのをのみこと)
               磐筒女命(いはつつのめのみこと)

・ 由 緒
 鎌倉時代末期荘園支配を確立した甲斐武田氏により、嘉暦2年(1327)稲村山頂に創建されたと伝えられます。
 旧社殿は稲村山頂にあって元治元年(1864)3月の山火により焼失、同年8月社殿再建を協議しましたが、徳川時代より明治にうつる変革の時再建思うように進まず、明治13年に至り現在地に鎮座。
 平成13年改築の完成をみました。  
社頭案内板より


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昭和60年(1985)9月生まれの狛犬さんでした。

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境内を挟んで拝殿と向き合うように境内社が祀られており、その屋根には桜と思われる花が添えてありました。

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静かな環境の神社を後にして、甲州街道を上りました。

3.5Kほど移動し、真南に『高川山』が見えるこちらへ。




・諏訪神社(大月市大月町真木1845)



何かの催し物の準備でしょうか?大勢の人が集まっていられて、邪魔になりそうなのでサクッと写真を撮って退散でした。そんな訳で、久し振りに拝殿や鳥居の写真を失念でした。 やはり、気が弱いとダメですね。



・祭 神  建御名方命(たけみなかたのかみ)

・由 緒
 創建は詳らかでないが、1814年編の「甲斐國誌」には真木村の産土で、社地(縦四拾間横貳拾間)神領五段五畝弐拾五歩と記されており、宝暦十年(1760)と寛政八年(1796)の棟札も本殿に保管されている。また奥宮もあり、下社もあったことなどからその規模は大きく、古くから厚い信仰に支えられてきたことが推測される。
 現在の本殿は文政十年(1827)に再建されたもので、この当時の宮普請請負証文には建設費は金参拾八両也で、真木村棟梁金左衛門を筆頭に二十五名の大工棟梁の連印で三ヶ年で完成と記してある。彫刻は八王子の住人で著名な藤兵衛の作である。社頭由緒書きより

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平成14年(2002)12月生まれの狛犬さんです。

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拝殿の写真を撮りそこなったのですが、こちら本殿が素晴らしかったですね。
下の写真をクリックしてご覧下さい。

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その彫刻が上手く撮れませんでした。もう1度行かなくては。
妻には鬼も彫られていました。

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建立されたばかりと思われる境内社。

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近いうちに再訪をして来ます。
その際には写真を入れ替えられると嬉しいのですが・・・。



取り合えず、その18第1部は終了となります。



多くの狛犬写真があります
カル2の狛犬さん写真集は、こちらです。



・ちょい遠目の狛犬さん その17は、こちらです。

・ちょい遠目の狛犬さん その19は、こちらです。



ちょい遠目の狛犬さんシリーズもまだまだ続きます。



では、また。

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ちょい遠目の狛犬さん その17

ちょい遠目 その16の続きです。


「八坂神社」のお参りを済ませて、あちこちに立ち寄りながらも県道709号線を更に南下です。

小田原厚木道路を潜ると直ぐに駐在所がありますので左折、100m足らずで「白髭神社」に着きます。




・白髭神社(小田原市小船669)



・ 祭 神   猿田彦命 (さるたひこのみこと)

・ 由 緒
 文治年間(鎌倉時代初期)に記されたという神社縁起によれば、行基菩薩が東国行脚の際、当地小竹山頂に地蔵堂を建立した。その後、伊勢神宮の神官玉串某なる者が、仏門に入って、広瀬入道実応と名乗り、諸国行脚の砌り、この地蔵堂に寝宿したところ、その夜、白髭の夢を見たという。そこで、九寸五分の御神像を彫し、社殿を造営して、元慶元年(八七七)九月九日に盛大な鎮座祭を行なったのが白髭神社の起源とされている。
 その後、幾星霜。社殿も荒廃してしまったが、現宮司中村氏の祖といわれる松浦四郎入道綱泰が近江国滋賀郡にて白髭の霊夢に感応して、はるか相模国中村郷に来て白髭神社再興を発念した。時の中村庄司宗平は、入道綱泰の支援を惜しまずついに壮麗なる社殿、楼門等を再建することができた。また、建久二年(一一九〇)六月、源頼朝から神領を寄進され、暦応二年(一三三九)、足利尊氏から御教書を下賜されるなど各武将の崇敬が篤く、この地方の総氏神として尊信された。
 毎年一月七日の日の出と共に行われる奉射祭は、五穀豊穣を祈る新年の古行事として近郷に広く知られており、古式を伝える神事として小田原市の重要無形民俗文化財に指定されている。  
社頭掲示板より



かなり広めの境内で、落ち着いた雰囲気でした。

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鳥居側の昭和4年(1929)10月生まれの狛犬さん。

鬣が特徴でしょうか?

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拝殿前の大正6年(1917)10月生まれの狛犬さん。

コラ~ッ!って、言っている様な?

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こちらの境内にも鐘楼がありました。

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年代不明の石仏です。

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そして、側面に文化9年(1812)5月吉日の彫りがあるこちらは何でしょうか?しっかりとした浮き彫りですね。

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2012.03.10.追記

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 小田原市の資料よると、小田原最古といわれている富士講碑との事です。
 石塔正面の上部は中央に富士山で、噴火口の左右の丸いのは月と太陽か?
 そして、富士山の下の部分は雲かも?
 願主の露木伊兵衛さんにお逢いできたら、是非とも伺ってみたいものです。  この部分追記        



???を浮かべながら更に移動です。

新幹線を潜り国道1号線の押切橋交差点を左折、500mほど進み左折。一部道が狭いところもありますが、北に向かいます。



・川匂(かわわ)神社(中郡二宮町山西2122)



・ 祭 神 大名牟遅命 (おおなむじのみこと)
       大物忌命 (おおものいみのみこと)
       級津彦命 (しなつひこのみこと)
       級津姫命 (しなつひめのみこと)
       衣通姫命 (そとおりひめのみこと)
・ 由 緒
  当社は相模国の二の宮で、古くから二宮大明神又は二宮明神社とも称し、『延喜式』所載の相模十三社の名社であります。
 縁起書によれば其の創祀は11代垂仁天皇の朝、当時余綾足柄両郡の東西海浜を磯長国と称せし頃、その国宰たる阿屋葉造が勅命を奉じて当国鎮護のため創建された。
 磯長国造大鷲臣命・相模国造穂積忍山宿弥・同国造弟武彦命崇敬ありしを始め日本武尊東征の時、源義家東下りの時、奉幣祈願あり。
 人皇19代允恭天皇の皇妃衣通姫命皇子御誕生安穏のため、奉幣祈願あらせられる。
 現宮司二見家の家系記によれば、65代一条天皇の御宇永延元年、粟田中納言次男次郎藤原景平当社の初代神官となり爾来今日まで相続き、現宮司に至り39代に及ぶ。
 建久3年、源頼朝夫人平産のため神馬を奉納せらる。
 建長4年宗尊親王鎌倉に下向ありし時、将軍事始おり奉幣神馬を納められる。
 北条相模守、小田原北条、小田原大久保等皆累世崇敬深く造営奉幣の寄進少なからず、徳川の世に至り家康公九州名護屋出陣の際祈祷札を献上殊の他喜ばれ御朱印地五十石を寄せらる。爾来徳川累代将軍に及ぶ。
 正月には必ず江戸城に登城して親しく年礼申上げ御祓札を献ずるのが例となり幕末まで続行せり、明治6年、郷社に列せられ、昭和7年4月、県社昇格の御内示を受け現在に及ぶ。  
社頭掲示板より



国道からゆるゆると登り坂を行きます。

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茅葺きの立派な随神門がありましたが、ガラス張りとなっていまして写真には上手く撮れませんでした。

守護神は、左神・櫛磐間戸命(くしいわまどのみこと) 右神・豊磐間戸命(とよいわまどのみこと) でした。

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こちらの境内にも茅の輪がありました。

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昭和5年(1930)6月生まれの狛犬さんです。

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とっても静かな雰囲気の良い境内は綺麗に手入れがなされていました。

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境内の片隅には、こんな額束や笠木が置かれていました。

説明板には
  この石鳥居は文久元年第三十三代神官二見景賢代に大門参道入口に 建立されたもので、昭和四十五年道路改良工事による大鳥居新設 に伴い撤去された。
  社号額字は明治三十年大磯別邸に住まわれた侯爵伊藤博文公の揮毫によるもの。 との事です。

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とっても静かな雰囲気の良い神社を楽しんで、この後は最終目的地の吾妻山公園へと向かいました。

山頂からの展望は素晴らしいです!

但し、天気が良ければ・・・。

相模湾、国府津方面の町並み、箱根から丹沢の山々までが見えます。

天気さえ良ければ・・・。




と言う事で神社のみのご紹介。

公園などのレポはこちらです。

・吾妻神社(中郡ニ宮町山西吾妻山1117)



・ 祭 神 弟橘姫命 (おとたちばなひめのみこと)
       日本武尊 (やまとたけるのみこと)
・ 由 緒
 吾妻神社は梅沢の氏神で、その創建は第十二代景行天皇の朝に始まると云う。
   日本武尊は景行天皇の第三皇子である。天皇にそむく部族を征伐するため東北におもむく途中、三浦半島走水から海路上総に渡る時、暴風突如に起り、そこで妻の命(みこと)は夫にかわり、海神の怒りを静め夫の武運を祈り、海中に身を投じた。するとたちまち海は穏やかになったと云う。
  その七日後に命の御櫛が海辺に流れつき、
埋めて御陵を造る。この前下一帯を埋沢といい、梅沢と同音である。又、命の小袖が磯辺に漂い、これを取りて山頂に祭ったと云う。その海岸を袖ヶ浦と云う。日本武尊は東北戦が終り、帰路相模国から足柄を通り甲斐に出る途中、峠ではるか東方の海をながめ「あゝ吾が妻」と嘆かれたと云う。
  弟橘媛命の御神体は木彫の千手観音で、既に数千年星霜を経て現在、藤巻寺に安置してある。
  源頼朝幕府を鎌倉に創設するや、妻政子本社を崇敬すること浅からず。吾妻山全山と山麓田畑並に霜見塩田を寄付する。右大臣源実朝も祈願のため建保六年に雄剣を奉納する。
社頭掲示板より



主神が弟橘姫命でして、縁結びの神様として有名ですね。

多くの樹木に囲まれた神社でした。

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昭和5年(1930)12月生まれの狛犬さんです。

天気が悪くかなり光量不足でした。

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主祭神が女性だからか?公園内の神社だからか?花木がかなり多く目に付きました。
手水舎の水鉢には享和3年(1803)正月の彫りが。

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神社関係はこれ位にして、公園の花を少しだけご紹介。

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昨年の7月1日の中井蓮池の里、その他のレポでした。
でなくて、狛犬さんと中井の蓮池の里の様子見のレポでした。


多くの狛犬写真があります。
カル2の狛犬さん写真集は、こちらです。



・ちょい遠目の狛犬さん その16は、こちらです。
・ちょい遠目の狛犬さん その18は、こちらです。



ちょい遠目の狛犬さんシリーズもまだまだ続きます。



では、また。 

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ちょい遠目の狛犬さん その16

昨年の7月1日に『中井蓮の里』へ様子を見に行って来ました。
その時の写真を1枚だけ。

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少し時季が早かったそのレポは、こちらです。

以前は渋滞で悪名高かった田村十字路から、小田厚道路の側道を通って土屋橋へ。

その際に、以前から気になっていた神社に立ち寄りでした。



・岡崎神社(平塚市岡崎3650)


・ 祭 神 大山咋命   (おおやまくいのみこと)
       猿田彦命   (さるたひこのみこと)
       須佐之男命   (すさのおのみこと)
        他、三神
・ 由 緒
   岡崎神社は昔、山王社と称し、岡崎郷7村の総鎮守であったといいます。治承の頃、岡崎城主岡崎四郎義実は当社を信仰し、霊験を得たとも伝えています。明治のはじめ、岡崎日吉神社となり、明治42年に、白髭神社他6社を合祀して、岡崎神社となり今日に至っています。                  平塚市観光協会資料より



短い石段を上がると屋根付きの両部鳥居があり、少し奥が拝殿でした。

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かなり広い境内で、江戸時代までは神社の傍らに別当寺として「岡崎山・宝行寺」があり、明治に廃寺以来その土地を西海地有志が取得いていたが、平成17年に岡崎神社に寄附されたとか。その詳しい経過なども掲出されていました。



こちらには2対の狛犬さんが鎮座。
鳥居下の平成10年(1998)3月生まれの狛犬さんです。

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拝殿前の平成8年(1996)8月生まれの狛犬さんです。

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拝殿を背に参道の眺め。
屋根付きの両部鳥居が見えています。

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この後、冒頭ご紹介しました「中井蓮の里」を訪れました。
あと1月半くらいで見頃となりますか。
今年はどんな感じに楽しませてくれるのでしょう。


残念ながら少し早かった「中井蓮の里」後にし、709号線を箱根駅伝の際には定点カメラが設置される「押切橋」へと南下しました。
当然にも、途中で立ち寄りです。




・五所八幡宮(足柄上郡中井町遠藤84)
   (五所宮八幡宮)

・ 祭 神   誉田別命 (ほむだわけのみこと)
         神功皇后 (じんぐうこうごう)
          仲哀天皇 (ちゅうあいてんのう)
         高良玉垂命 (こうらのたまだれのみこと)
         猿田彦命 (さるたひこのみこと)
                  他、18神

・ 由 緒
 五所八幡宮略縁起によると、後白河天皇の保元2年、比叡山延暦寺の高層慈恵大師の門人である僧義圓が東国の行脚の折、当町色村の子の神の祠に一夜の宿を借りた。その夜の霊夢により白鳩に導かれ現在の地(竜頭丘の杜)に至った。ここに現れた童子(五所八幡宮の主祭神である誉田別尊)の霊言に従って勧請したと伝えられている。
  五所宮の名の由来は、欽明天皇の御世に豊前国(大分県)の宇佐に始めて八幡宮(宇佐八幡宮)が勧進され、二番目は京都の岩清水八幡宮、三番目は鎌倉の鶴岡八幡宮、四番目に河内の壷井八幡宮、五番目が当社であったことによる。
 文明元年正月に火災により御神体のみを辛うじて御動座できたという。以前の諸記録や神宝等皆消失し詳細は分からなくなった。
  明治6年郷社八幡神社となる。その後、村内の十七社の祭神を合祀し「諸願成就の宮」と呼ばれた。平成11年11月、「五所八幡宮」と改称した。
                            
社頭の説明書より 


毎年4月の29日に行なわれる例祭「紳幸祭」は有名な様子。神輿二基と山車四台が繰り出され、五所宮囃子が奏でられる中行なわれる山車の馬場への引き入れは勇壮で、「鷺の舞」の奉納も船型の上で古式どうりに行われる。との事です。



鳥居を潜ると長めの石段がありました。

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石段途中の左手、鐘楼には中井町最古(寛永6年(1629)鋳造)の第二次世界大戦の際供出を免れた梵鐘がありました。

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広い境内には茅の輪も。

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高い台座の上のかなり大き目な狛犬さんです。
年令は、不明でした。

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境内にはかなり大きな舞殿など、多くの建物がありました。

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更に直線距離1キロほど南下です。




・八坂神社(小田原市小竹)



住宅と田圃に挟まれた本当に狭い、小さめの鳥居と小さ目の社、そして石碑があるだけの神社でした。
鳥居の下には軽乗用車が停めてあり、とても可哀想な感じでした。

祭神は八坂神社なのであの方だとは思いますが、由緒と共に不明です。

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昭和13年(1938)7月生まれの狛犬さんです。
胸に大きな鈴が浮き彫りに。

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傍らには、寛政12年(1800)9月(左側)や寛政元年(1789)3月の彫りのある石塔が祀られていました。
きっと由緒ある八幡宮なのでしょうね。

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取り合えず、その16はこれにて終了となります。
が、7月1日もこれだけでは終わりません。
立ち寄りながらも、二宮町の吾妻山公園が最終目的地です。

続きをご期待下さい。



多くの狛犬写真があります、カル2の狛犬さん写真集は、こちらです。



・ちょい遠目の狛犬さん その15は、こちらです。
・ちょい遠目の狛犬さん その17は、こちらです。



ちょい遠目の狛犬さんシリーズもまだまだ続きます。



では、また。  

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