狛犬(かなり遠目)02

かなり遠目の狛犬さん その10

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2011年12月5日、犬山成田山~犬山城~針綱神社~三光稲荷神社と巡りまして、更に南下して津島神社をお参り。そして、丹羽郡大口町の白山神社へ。
その続きで、犬山市・大口町編のその4となります。

 

その1その2その3


その3白山神社から南西方向へ1キロ足らずの移動でした。
道を挟んだ向かいには、小口城址公園が在りました。
こちらは、後ほどご紹介。



・小口神社 (丹羽郡大口町城屋敷11)


・祭 神
  小口天神・少名毘古邦命(すくなびこなのみこと)
   天照大神(あまてらすおおみかみ)
   豊受大神(とようけのおおかみ)
   品陀和気命
(ほむだわけのみこと)
   息長帶姫命
(おきながたらしひめのみこと)
   建速須佐之男尊
(たけはやすさのおのみこと) 

 

・由  緒
  小口天神少名毘古那命を祀る当社は延喜式神名帳に小口神社(おぐちのかみやしろ)と記され、尾張国内神名帳には従三位小口天神とある。これにより千有余年前に斎祀せられた町内最古の氏神と推測される。
 大正五年五月に当字に鎮座されていた神明社及びその境内にあった 神明社 須賀社 八幡社 の御祭神 天照大御神 豊受姫大御神 建速須佐之男命 品陀和気命 息長帯姫命 を合祀する。

 創立年代不詳。
 中世所在不詳となり、織田広近が長禄三年(1459)に小口城を築城した際、城域に天神社という神社があった。広近はその天神社を延喜式神名帳に登載されている「丹羽郡小口神社」として再建した。
  社頭案内書、歴史民族資料館の資料などより


参道入り口は、小口城址公園に向いていました。

 

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鳥居を潜り参道を進み直ぐに右に折れると、正面に
吹き抜けの拝殿が見えました。
こちらでは、吹き抜けの拝殿が普通なのでしょうか?

 

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小さいですが蕃塀(ばんぺい)風のものが1対とその向こうにも何やら・・・。
先ずは、拝殿のご紹介。

 

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拝殿前の狛犬さん、
大正十一年(1922)一月生まれ。

 

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拝殿の向こうにも、何やら・・・。
大きいのと本殿前に小さいのが。

 

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拝殿と本殿の間の狛犬さんは、大正六年(1917)一月生まれ。

 

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なかなかお洒落さんで、牡丹の花を口に。

 

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でも、オチビさんは傷みがかなり。

 

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本殿内部は、こんな感じ。

 

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そして、本殿前の年令不明の木製の狛犬さんです。

 

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場所取りをトップの写真と最後まで争っていましたが、残念ながら銜えた牡丹に負けた。

 

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良い味していますよね。
いつでも触らせて頂けるのは嬉しいですが、日光や風雨にあたる場所に置かれていると傷むのではないか?と心配。
境内を巡ってみますと、石塔が祀られていました。
一番左の山ノ神様には、文化十四年(1817)九月の彫も見えました。他の石塔にも彫られて居たかは、未確認です。

 

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そして、平成の大造営(平成十九年竣工)の際に葺き替えられたのでしょうか?飾り瓦が境内の片隅に。

 

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そして、もう一つ。
拝殿の右手に、大口町指定の天然記念物、山柿が色付いた実をたわわに。

 

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これにて、小口神社のレポはおしまい。
続いて、お隣の小口城址公園へ。
実際には、カル2が小口神社を探索中に、カルディナがチョイと見て来てくれました。


小口城址公園



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 小口城は、大久地城、箭筈(やはず)城と呼ばれることもある。長禄三年(1459)、織田広近(ひろちか)によって築かれた。広近はその後、犬山、木ノ下城に7年間移る。大久地城は、織田信長、生駒氏らの攻撃を受け、長禄七年(1564)に落城した。
展示棟や物見櫓等を設置し、公園として整備。
 展示棟には、小口城の歴史的変遷についての説明や展示、出土品の実物展示などがある。
との事です。

 

詳しくは、大口町のHP、小口城址公園をご覧下さい。


秋たけなわ、紅葉が綺麗に。

 

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高さ17mの物見櫓からは、四方八方が良く見渡せ、これならば敵の軍勢も見つけられるだろう。との感想だった様な。
内部には、犬山城、岐阜城、清洲城などがどの方向にあるのかを表示し、当時の眺望を思い描く事が出来るそうです。

 

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これにて、犬山市・大口町編のその4、おしまい。
次回は、大口町下小口の白山神社です。
愛知県編は、もう少し続きます。


取材した多くの狛犬写真があります、
カル2の狛犬さん写真集は、こちらです。
ご覧いただけると嬉しいです。


・かなり遠目の狛犬さん 
その9は、こちらです。
  (犬山市編その3です)
・かなり遠目の狛犬さん その11は、こちらです。
  (犬山市・大口町編その5です)

シリーズは、まだまだ続きます。

 

では、また。

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かなり遠目の狛犬さん その9

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2011年12月5日、犬山成田山~犬山城~針綱神社~三光稲荷神社と巡りまして、更に南下。
大きな神社をお参りをするも、不在社で残念。
で、意に反して選択されていなかったこちらを発見。
即、お参りとなりました。


犬山市編 その3となります。
その1その2



・津島神社(犬山市橋詰中屋敷34)

 

・祭神、由緒
 津島神社ですので祭神は、建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)(素戔嗚尊 、こちらの方が見慣れていますね?)と思われますが、由緒と共に不明です。



鳥居の内側に、木造銅板葺きの蕃塀(ばんぺい)が設けられていました。
大きさは概略で、本体長約2.8m、全高約2.3m、屋根長約4.0m、屋根巾約1.6mとの事でした。

※ 蕃塀とは、参道上で拝殿の前に存在する短い塀である。「不浄除け」、「透垣」、「籬」などとも呼ばれる。正殿を直視しない(できない)ようにするとか、不浄なものの侵入を防ぐために造られたと思われるが、正確な目的は不明である。辞書などでは「蕃塀」は伊勢神宮のものを指すことが多い。 wikiより

 

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で、前段にお参りしました狛犬さん不在社にも、蕃塀が在りました。
ちょこっとご紹介。
塀の前にある物は、お百度石です。
津島神社のは、角柱石。下の神明社のは、自然石。
次にご紹介の白山神社のは、真ん丸い玉石でした。

 

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話は、津島神社に戻ります。
割合広めの境内で、数段の石段の先に狛犬さんが。
そしてその奥の拝殿の向拝柱には、場違いな感じの白い丸い時計が柱に付けられていました。

 

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拝殿の屋根の飾り瓦が面白いですね。

 

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狛犬さんは、大正四年(1915)十一月生まれ。
台座には、御即位記念祝初老の彫も。

 

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境内の片隅には、石塔や石祠が祀られていました。

 

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津島神社のお参りを済ませて41号線を南西・小牧IC方面に移動、上小口2の交差点を右折しこちらへ。
少しだけ田畑が残る、住宅地の中の神社でした。



・白山神社(丹羽郡大口町上小口1-343)


・祭神、由緒
   白山神社ですので祭神は、菊理姫命(くくりひめのみこと)と建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)(素戔嗚尊 、こちらの方が見慣れていますね?)と思われますが、由緒と共に不明です。
  菊理姫命は、白山の神、縁結びの神様。
  菊理比咩神/菊理比売神
(くくりひめのかみ)とか、白山比咩神/白山比売神(しらやまひめのかみ)などの別名があります。


県道に面してすぐに鳥居や灯籠、百度石、蕃塀が設けられていました。以前には木製で立派だったそうですが、現在の石製の蕃塀も左右に立体的な獅子や牡丹、中央に五七桐紋が施されていてなかなか立派でした
こちらのお百度石は丸い石造りでした。

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蕃塀の奥には、灯明台や壁の無い吹き抜けの拝殿がありました。
吹き抜けの拝殿は、初めて出合ったかも。

 

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その奥に、狛犬さんが守りを固めており、更にその奥の基壇上に本殿でした。

 

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本殿の大屋根の両端には、鯱瓦と思われる飾り瓦がありました。若しかしたら、飛び狛さんかも知れませんね。

 

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狛犬さんは、明治四十三年(1910)十月生まれ。

 

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本殿の脇には、クスノキ(だったと思う?)や杉などの古木も見受けられました。

 

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境内には、大正の銘のある古井戸(アーティストではありません!)や境内社の北野天神も祀られていました。

 

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犬山市のお隣・大口町の神社にもお参りをしましたその第3弾は、こんな感じおしまいとなります。
愛知県編は、もう少し続きます。


取材した多くの狛犬写真があります、
カル2の狛犬さん写真集は、こちらです。
ご覧いただけると嬉しいです。


・かなり遠目の狛犬さん その8は、こちらです。
  (犬山市編その2です)
・かなり遠目の狛犬さん その10は、こちらです。
      (犬山市・大口町編その4です)


シリーズは、まだまだ続きます。

 

では、また。

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かなり遠目の狛犬さん その8

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かなり遠目の狛犬さん・犬山市編その2となります
前回のその1・犬山成田山編は、こちらです。
で、成田山から見えていました犬山城へと移動。
西方7~800mほどの位置で、結構大きな有料駐車場がありました。(¥500だったかな?)
お城には、狛犬さんが居りませんが少しだけご紹介。



・国宝犬山城(犬山市犬山北古券65-2)


 犬山城は豊臣秀吉が生まれた天文6年(1537)、織田信長の叔父である織田信康によって創建された現存する日本最古の木造天守閣。
 尾張(愛知県)と美濃(岐阜県)の国境に位置するため、戦国時代を通じて国盗りの要所となり、城主はめまぐるしく変わった。小牧・長久手の合戦(1584)では、羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)が12万人の大軍を率いてこの城に入城し、小牧山城に陣取る徳川家康と生涯唯一の直接対決をした。
 江戸時代に入ると、尾張藩付家老の成瀬正成が城主となり、幕末まで続いたが、明治維新による廃藩置県のためにこの城は愛知県所有となっつた。しかし、明治24年の濃尾地震で半壊し、その修復を条件に城は再び成瀬家の所有となり、平成16年に財団法人に移管するまで日本で唯一、個人所有の城でした。 
          犬山観光情報HPより。


広い駐車場前の入り口には、こんな大石が。

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こちらでも綺麗な紅葉がお出迎え。

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そして、四季咲き桜でしょうか?ほんの少しだけ咲いていました。

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天守閣の前庭には、こんな古木も。

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地元の観光案内用のためでしょうか?ビデオ撮りが行われていまして、邪魔にならない様に少し遠慮をしながら拝観。
つい最近まで、こんな
立派な天守閣が成瀬家の個人所有だったとは。

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入場料¥500にて天守閣へ。
各階には甲冑や刀剣は勿論、葺き替えられた鬼瓦なども展示されていました。

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天守閣の階段は、どちらも急ですよね。←当たり前か?

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天守最上階からの眺めは良く、木曽川に掛かる犬山頭首ライン大橋(ライン橋)や前段に訪れた成田山も見えていました。
天気が良ければな~ぁ!ですがね。

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               成瀬家の家紋↑

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              犬山成田山 ↑


着物姿のモデルさんを眺めながら、周辺を散策。
なかなか格好の良い天守閣ですね。

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そして売店の綺麗なお姉さんに、わんまる君のステッカーなんぞを戴きました。

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取り合えず、国宝・犬山城の宣伝でした。
犬山城の詳細は、財団法人 犬山城白帝文庫
のHPへどうぞ。
続きまして、お隣の針綱神社へ。



・針綱神社(犬山市犬山北古券65-1)


徒歩にてお隣の神社へ進みますと、先ずこちらから。
境内社ですが最初に現れましたので、その順番で。


・天満宮

 ・祭神・由緒
  天満宮ですので祭神は菅原道真公でしょうが、由緒と共に不明です。


入り口右手に「大宰府天満宮御分霊」の社標がありました。

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そして、天満宮と言えば、このお方ですよね。
皆さんが撫ぜるのでしょうか?ピッカピカ。

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石段を登ったところに年令不明の狛犬さんが。

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かなり古色の強いお社にも、可愛い対の牛さんが。

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拝殿の左手には小さめのお社が祀られていました。

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と言う事で、そのお隣の本命へ。
改めまして、針綱神社のご紹介。
所在地は、こちらが「北古券65-1」で国宝・犬山城が
「北古券65-2」なのだなぁ、と思いながら。

・針綱神社(犬山市犬山北古券65-1)

・祭 神
  尾治針名根連命(おわりはりなねむらじのみこと)
  玉姫命(たまひめのみこと)
  伊邪那岐命(いざなぎのみこと)
  菊理姫命(きくりひめのみこと)
  大己貴命(おおなむちのみこと)
  建筒草命(たけづくさのみこと)
  建多乎利命(たけたおりのみこと)
  建稲種命(たけいなだねのみこと)
  尻調根命(しづきねのみこと)
  大荒田命(おほあらたのみこと)

・由 緒
 延喜式神明帳所載の式内社で本国貞治本には従一位針綱明神又同元亀本には正一位針綱明神とあり、太古よりこの犬山の峯に鎮座せされ東海鎮護、水産拓殖、五穀 豊饒、厄除、安産、長命の神として古来より神威顕著にして士農工商の崇敬殊に厚く白山大明神と称えられ濃尾の総鎮守でありました。
 中興織田信康公市内木の下城を社地に移築せんと御奈良天皇の宣旨を蒙り、天文六年(1537)8月28日市内白山平(お城の東方にあるお山)に遷座し 奉った。爾后69年を経た慶長11年4月8日更に市内名栗町に遷座し奉り、城主成瀬氏代々の祈願所でありました。
 明治維新の後同15年9月28日名栗町の座地より天文6年迄座地であった現在地に御遷座になり、戦前は県社とし戦後は宗教法人針綱神社(尾張五社の一つ)として近隣の崇敬を集めています。 犬山観光情報より転載。


下の社頭案内板もご覧下さい。(かなり拡大します)

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国宝犬山城の守護神で八方除・安産・厄除の神様。東海鎮護、水産拓殖、五穀豊饒、厄除、安産、長命の神として、濃尾の総鎮守との事です。

※ 言い伝え(狛犬)
 天文6年(1537)織田信長公の叔父、織田信康公が自ら木の犬を彫り当神社に安産、延命長寿を祈願した。
その犬はまことに素朴でよい出来とは云えないが大きな陽物をつけているのが特徴である。その犬を模して古くから小さな犬が授与され連綿と今に続いています。
 一説には犬は、織田広近公(信康公の4代前)を模して彫ったとも言われています。
 広近公は非常に活動力の優れた人間であったと云う。又、犬の特徴にちなみ神社に祈願するとよい殿御にめぐりあえるとか、下半身の病を患わないとか、安産、子授けの守護犬として厳かに授けられたと伝えられています。


天満宮のお参りを済ませて更に少し進みますと、御神馬が。

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昭和三十三年(1958)夏生まれのブロンズ製の大きな馬さんも。

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更に少し進んだ右手に、大きな拝殿です。

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拝殿にてお参りを済ませ、これから彼らにご面会。
しか~し、訪れるのが3日程遅かった。訳は、後ほど。
道順としたら逆ですが、拝殿を背に参道の右手・三光稲荷神社への石段手前に第一狛犬さんを発見。
そう、最上部の写真の可愛い子獅子ちゃんが居ました。
で、何んと地震被害防止のためにスチールパイプで囲っている最中でした。
石灯籠や狛犬さんなど危険と思われる物全て保護柵を設置するとの事。
その保護柵は、そのまま永久的に残す。と業者の方のお話。
狛犬写真収集人としては、残念無念。
仕方がありませんので、少しだけご紹介。

明治三十八年(1905)四月生まれの狛犬さん。
三光稲荷神社に向かって右側が、吽狛さんでした。

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参道の石段を降りて行きますと、

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石灯籠と並んで、大正四年(1915)五月生まれの狛犬さん。

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周囲には境内社や、そり橋なども。

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そして、参道入り口の『昭和二年(1927
)初老記念』と彫られた狛犬さん。

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そして、最後に参道入り口の鳥居です。

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数日違いで、何んとも残念な結果となりました。
広い境内でして、季節を変えてゆっくりと探索したい思いがあります。
続いて、お隣の三光稲荷神社へ。
上の写真の鳥居と並んで、左手に赤い鳥居が参道入り口でした。
こちらは、参道を正規?の道順で。



・三光稲荷神社(犬山市犬山北古券41-1)


・祭 神
 宇迦御魂大神(うかのみたまのおおかみ)
 猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)
 大宮女大神(おおみやのめのおおかみ)
   (天宇受売命)(あめのうずめのみこと)

・由 緒
 三光稲荷神社の創建は不詳ですが当時は三狐山(三光山)に鎮座していた。
 天文六年(1537)に織田信康が犬山城を築くと境内が犬山城から南西に位置する為、裏鬼門の鎮守として庇護されれ、江戸時代にも歴代犬山城の城主である成瀬家から信仰されていた。
 古くから神仏習合し三光寺と混交していましたが明治時代初頭に発令された神仏分離令とその後の廃仏毀釈運動で仏式が廃され神社として独立し三光稲荷神社となっている。
 昭和三十九年(1964)、犬山城の跡地である現在地に遷座し猿田彦神社もあわせて祀られています。

 下の社頭案内も合わせてご覧下さい。

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針綱神社と並んでいる三光稲荷神社の参道へ。
こちらは鳥居を潜り、参道を進みました。

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鳥居脇に、紀元二千六百年記念(昭和十五年)の彫のある狛狐さんがお出迎え。

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続いて昭和十六年(1941)八月生まれの狛狐さん。

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更に石段を登り拝殿へ。

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拝殿前の狛狐さんは、昭和二年(1927)十一月生まれでした。

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そして拝殿に向かって右手の、針綱神社犬山城へと繋がる道の入り口。
この石段の下の左手に、あのチビ狛犬さんが居ます。

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とにかく広い犬山城周辺の探索でして、参道を巡っただけとなってしまいました。
きっと再訪の機会があるでしょうから、次回にはゆっくりと綿密に巡ってみたいな!との思いです。
この後は車で移動でした。勿論狛犬さんを訪ねて!


取材した多くの狛犬写真があります、
カル2の狛犬さん写真集は、こちらです。
ご覧いただけると嬉しいです。


・かなり遠目の狛犬さん その7は、こちらです。
  (犬山市編その1です)
・かなり遠目の狛犬さん その9は、こちらです。


シリーズは、まだまだ続きます。

では、また。

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かなり遠目の狛犬さん その7

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昨年犬山市に所用が出来まして行って来ました。

2011年12月14日午後出発。
所用は15日の午後からでして、地震の心配をしながら往路途中にて仮眠。犬山市に早朝に着きました。
時間が早過ぎて犬山城は未だ閉鎖中、先ずはこちらへ。


・犬山成田山(愛知県犬山市犬山北白山平5)

 犬山成田山は千葉県成田市の大本山成田山新勝寺の別院で、寺号を大本山成田山名古屋別院大聖寺と申します。
 成田山新勝寺は、天慶3年(940年)に寛朝大僧正によって開山された真言密教の寺院で、弘法大師が敬刻開眼された不動明王をご本尊としています。
 名古屋周辺のご信徒様がたびたび千葉まで参拝されるのは困難であることから、昭和11年に別院建立のための奉賛会が結成され、第二次大戦の混乱が収まった昭和28年に中部地区最大の不動尊霊場として開創いたしました。  犬山成田山HPより抜粋

境内や建築物などの詳細は、上記HPをご覧下さい。


かなり広い境内でして、本堂と目的の方達にお参り。
綺麗なモミジが出迎えてくれました。

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車は下の駐車場に置かせていただいて、先ずは明王門から。

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近付いてみると、おや~~~ぁ?
何やら石段の両脇に・・・。

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早速出迎えてくれました。
石段の最下段と最上段の左右に。
両者とも年齢不明でした。

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大きな朱塗りの明王門を潜ると右手には、五大明王・八大童子が。

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正面の参道を進み、手水舎へ。
その先にもお出迎えが。
結構大きめで、昭和二十年生まれ?のブロンズ製。

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石段を登ると、明王門の下と同様に蓮華台敷石が敷かれていました。
これは、参詣に先だち蓮華台を踏み渡ることにより、日ごろの煩悩の垢を清める功徳がいただける。との事です。

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で、カル2は功徳をいただけたか?と言う質問は無しで!
まあ、今の姿をお見せすればお分かりですが。

境内のご案内の続きです。
蓮華台敷石から本堂へと続く石段の左右に、いっぱいこの方たちが。

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すべて年令不明で数が多いので、集合写真と代表として最上段の1対をご紹介。

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そして、こちらが本堂です。

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本堂前の香炉にもこの方たちが。

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いつもの力持ちの方々も。

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本堂前からは、これから訪ねる国宝・犬山城が良く見えていました。

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お参りを済ませて、お友達たち?と再開の約束をして境内を散策。
鐘楼堂や弘法堂から出世稲荷堂へ。


・出世稲荷堂

こちらは、出世開運の福徳を得られるお稲荷さんです
成田山新勝寺に奉安されている吨梖尼(ダキニ)を勧請しお祀りしている。との事です。
お稲荷さんですのでキツネさんがお使え。
優しいお顔をした、年令不明のキツネさんでした。

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で、出世開運の福徳を得られるお稲荷さんをお参りして少し歩くと、本当に綺麗な紅葉が待っていてくれました。

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写真ではあまり良く判りませんが、とてもこの世のものとは・・・。
うんで、カル2の出世開運の福徳
出世の見込みはありませんので、若しかしたら、この世で幸せに生きて、あの世とやらへゆったりと行けるように!でしょうか?

多くの狛犬さんに出合えて幸せな?ひと時を過ごせました。
と言う事で、犬山市の第1弾は犬山成田山でした。
紅葉がちょうど良い感じの季節、続いてちょいお隣の国宝・犬山城へと移動。

レポは、少々お待ちください。


取材した多くの狛犬写真があります、
カル2の狛犬さん写真集は、こちらです。
ご覧いただけると嬉しいです。


・かなり遠目の狛犬さん その6は、こちらです。
  (花巻市編です)
・かなり遠目の狛犬さん その8は、こちらです。
  (犬山市編その2です)


シリーズは、まだまだ続きます。

では、また。

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ちょい遠目・かなり遠目の狛犬さん(特別編6)

れれちゃんからのプレゼント、千葉編一関編です。


・松戸神社(千葉県松戸市松戸1457)


・祭 神 日本武尊(やまとたけるのみこと)

・由緒、伝来
 景行天皇の御代40(291)年、武蔵国へ向かわれる際に、当地にご陣営を設けて従将の吉備武彦(きびたけひこ)連と大伴武日(おおとものたけひ)連の 方々と待ち合わせたため、『待つ郷』(まつさと)=『待土』(まつど)と呼ばれ、『松戸』の地名が生まれたと云われている。
 社殿は、寛永3年(1626)年の創建とされ、神仏習合思想の影響で、かつては御嶽大権現と称した。
 明治15年に松戸神社と改称した。
     松戸神社HPより抜粋


七五三のお参りで、境内はかなり混雑との事です。

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心なしかニヤリと笑ってる!? (れれちゃん談)

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境内社?

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15代将軍・徳川慶喜の実弟・昭武の別邸、戸定邸へ散策に行かれた際の捕獲だそうです

その戸定邸を1枚。

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”この日は天気良くて、富士山~丹沢を見渡せました♪”だって!良かったですね。

続いて、一関編


・配志和神社(岩手県一関市山目館56)


・祭 神 
  高皇産霊尊(たかみむすびのみこと)
  瓊瓊杵尊(皇孫尊)(ににぎのみこと)(すめみまのみこと)
  木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)

・由 緒
 延喜式神名帳にも記載されており、創立は古くから人皇十二代景行天皇の御代、皇子日本武尊詔を奉じて軍を率い遠く道の奥の国に入り蝦夷の地に至る。進んで営をこの地、中津郷の耶麻要峯に移し(神社境内)、その嶺頂に登り梟賊を平治せんことを祈り、自ら矛を収め三神を鎮齋し、東奥鎮護の神として祠を建て火石輪と称した。
 こちらのHPよりお借りしました。


社殿は蘭梅山の中腹にあり、針葉樹林に囲まれているそうです。
今はハイキングコースに組み込まれている様ですが、松尾芭蕉さんもお立ち寄りとか。

・昨年の震災前の写真

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・同じく、震災後の昨年5月

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狛犬さんは、踏ん張って~~頑張った~!


・同じく、震災後の昨年6月

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狛犬さんが元気にお待ちですね。
大震災の大きさが偲ばれます。
各地で大きな災害が起きています。
未だ復旧の見込みもない所が多い様な。
何とかならないものでしょうか。
弱い力しかありませんが、出来るだけ協力したいですね。




・田村神社(岩手県一関市字釣山19)


・祭 神 
  誉田別命 (ほんだわけのみこと)
 
坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)
  坂上輝定

・由 緒
 当神社は延暦年間(782~806)坂上田村麻呂が東夷平定の際館山(現釣山公園)に陣営を敷き、諏訪の大神(長野 諏訪大社)に勝利を祈願したのが紀元とされ、その後、康平四年(1061)源頼義、源義家が安倍貞任征伐【前九年の役】の折、田村麻呂と同じく館山に陣を敷いた際、合戦の祈願のため伊勢の神宮、京都の石清水八幡宮へ、中原大夫清房を奉幣使として使わせたところ両宮の大御神の御神託を賜り、この地域の八方に八幡宮を勧請した内のその第一社である。 (以下略)
  
田村神社HPより抜粋



一関市の釣山公園内(一関城址公園)の主郭には田村神社が鎮座しているとの事です。

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玉垣内の狛犬さんは、残念ながら一緒に撮る事が出来なっかたそうです。

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で、社頭の案内板。

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・一関八幡神社

上の案内板にもあります、田村神社の相殿であります神社です。
こちらの本殿には、狛犬さんは不在だそうです。
境内社になるのでしょうか?2社分のプレゼントがありましたのでご紹介。


・おさん稲荷

おさんさまとも呼ばれる様で、こんな伝説があるそうな。

一関の周辺にいたずら狐がいろいろ居た。
 三関の太郎、雁江二郎(中里)、おたてのおさん(釣山)、ばぶ沢おたつなという狐はそれぞれ村民を悩ませた昔話を残している。一関のあんまが夜中に家中へ呼ばれてつれて行かれたがいつも歩く道とは違った感じの所を急いで歩かされ、やがてお手車でかつぎ上げられたが、とても立派な御殿へ通された様子だった。 
(以下略) 
 
こちらから転載させて頂きました。

こちらのキツネさん。

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竹駒神社

そして、こちらも境内社?

神社ですが、狛狐さんなのですね。

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・稲荷神社一関市山目町2-5)


・祭 神 
  稲蒼魂命(いなくらだまのみこと)
  別雷命(わけいかづちのみこと)

・由 緒
 人皇82代後鳥羽天皇の文治年中(AD1185-1190)鎮守府将軍藤原秀衡の遺臣照井太郎高春、磐井里を開拓して耕田を拡張せんことを志し、水路の開通を企画し百方画策すれども成らず。依って、一念発起中津郷太平山の高台をして大いに祭壇を築き神籬を立て、五穀の守護神山城国深草の稲荷大明神を祀り崇敬なる祭典を挙げ、神明の加護により磐井川の上流須川の水を灌漑せんと祈願を籠め鋭意設計を立て工事を努めしに、御霊験により用水堰の開鑿漸くその緒に就くを得たり。高春感喜惜く能わず御神徳の崇高なるを謝し報賽して太平山麓に新に社殿を建立し、正一位和光稲荷大明神を勧請して祭祀を篤くせり。高春の子孫皆その遺志を継ぎ篤くこれを崇敬し、開鑿工事に励み、遂に堰通水の偉業を完成せり。西磐井の産土様のHPより転載させていただきました


所用の折にお立ち寄りいただいた。とか。
お社が2社並んでいるのですね。

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左側のお社の石段下の、2対でしょうか?

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右側のお社の石段下の見える狛犬さんの奥に、
頭が見えるような?
そして、石段の上のお社の前、左右に何かが?
どうやらカル2は、目も悪くなって来たか。



と、こんなにも多くの狛さんの写真をれれちゃんから頂きました。
今頃は狛さん達みんなが、かなりの寒さの中を健気に神様にお使えしているのでしょうね。
未だ地震も続いています。
早く平和で、より住み良い国になります様に!


れれちゃんからの多くの狛さんのプレゼント、
ちょい遠目・かなり遠目の狛犬さん集でした。
本当ありがとうございました。


皆さんから頂いた多くの狛犬写真があります、
カル2の狛犬さん写真集は、こちらです。
ご覧いただけると嬉しいです。
 

狛犬さん特別編その5は、こちらです。
狛犬さん特別編その7は、こちらです。
是非、こちらにもお立ち寄りください。



では、また。

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かなり遠目の狛犬さん その6

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かなり遠目の狛犬さんその6、岩手県編その4・花巻市編です。


盛岡市の「天満宮」「盛岡八幡宮」、「諏訪神社」、「多賀神社」のお参りを済ませ、「道の駅・はやちね」にて車泊。

かなり遠目の狛犬さんその3天満宮編こちらです。

かなり遠目の狛犬さんその4(盛岡八幡宮)はこちらです。

かなり遠目の狛犬さんその5(諏訪・多賀神社)こちらです。



翌10月12日早朝に、池峰山登山口の1つ河原の坊へ移動。

コメガモリ沢から山頂へ、そして小田越へと歩いて来ました。

その山レポ、 カルディナ編は、こちらです。

         カル2編は、こちらです。



と言う事で、こんな中を歩き始めまして、

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・早池峰神社奥社

霧の中を山頂へ。束の間の視界良好時にパチリ!

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小田越も霧がたなびいていましたが、紅葉を愛でながら河原の坊へ。
でも、紅葉は少し遅かった様でした。

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下山後次の山へ移動ですが、チョイトお立ち寄り。

25号線を紫波ICへ向かう途中の大きな神社です。

早池峰山への道は古くから四本あったそうで、各登山口には早池峰神社が祀られています。川井村の江繋口、遠野市附馬牛の大出口、花巻市大迫町の岳口、川井村の門馬口。その内の大迫町の岳口の早池峰神社にお参りでした。



・早池峰神社
   (花巻市大迫町内川目第1地割2付近)



・祭 神  瀬織津姫(せおりつひめ)

 祓戸四神の一柱で災厄抜除の女神様で、神名の名義は川の早瀬の穢れを清めるとの事です。瀬織津姫は『天照大神の荒御魂』とされているようです。

・由 緒

 八〇七年(大同二年)田中兵部・始閣藤蔵の両名が山頂に姫大神を祀った事に始まる。一三〇〇年(正安二年)越後の住人阿闇梨円性が天下の霊地であると此の地に止まり一宇を建立、早池峰大権現と崇め奉った。社頭案内板より

社殿などの詳細は下の写真をクリックして拡大して下さい。

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 遠野来内村の猟師藤蔵がを追って山中に入ったところ、山頂で金色に輝く権現の姿を見た。そこでその地に社を造営して祀った。藤蔵はこの後夢告により始閣宮本と名のり、その子孫は天文十二年(1543)に上禰宜、下禰宜の本家と分家に分かれ、以後近世期を通してこの両家が遠野大出口の新山宮に奉仕した。との伝承もあるそうです。



大きな鳥居と社号標が待ち構えていました。

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その内側には、これもかなり大きな降魔剣が。

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その裏手にはお不動様が祀られていました。木の橋が少し心許なくてお参りは出来ませんでした。カル2の重さに耐えられないと思い(重い?)ましてね。

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かなりの段数の石段を登ると数多くの杉の巨木が。

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鬱蒼と茂る杉の木立の中の参道を更に進むと、仁王門が見えて来ました。

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仁王門の右手には有名な早池峰神楽を舞う舞殿がありましたが、意外と小さ目なので驚きました。
こちらであの勇壮な神楽が舞われるとは・・・。
で、そのお神楽のご紹介は長くなりそうなので割愛させていただきます。

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仁王様です。

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仁王門を潜ると、おや~ぁ、こんにちわ~ぁ!でした。

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昭和十四年(1939)十一月二十三日生まれの狛犬さんでした。子獅子が可愛いですね。

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狛犬さんはこちらに沢山掲載予定でおります。お楽しみに!



拝殿は綺麗な彩色がなされていました。

本殿などの詳細は、上の方の社頭案内板をご覧下さい。

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拝殿を背にした眺めです。お正月やお神楽を奉納時には、境内がかなりの人で埋め尽くされるそうです。

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その境内の片隅には多くの境内社なども祀られていました。
その一部だけをご紹介。

御山道の石碑があるお社です。
その傍らには出羽三山などの名が見える石碑も。

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時間は15時半過ぎなのですが、少し薄暗くなって来ましたのでお参りは終了としました。もう少し時間をかけて参拝したかったのですが。



と言う事で、更に25号線を辿り早池峰ダムを過ぎ43号線へ。

内川目にて、こちらにお参りでした。




・田中神社
    (花巻市大迫町内川目第47地割30)



・祭 神  瀬織津姫(せおりつひめ)

・由 緒

 草創は遠く人皇五十一代平城天皇の御宇大同二年(八〇七年)三月八日郷の真中の地に一宇を建立し瀬織津姫命を勧請し東根嶽の里宮真中明神と称したり。

 こちら大迫の田中神社の神主山陰氏に伝わる開山伝承は、大同二年(807)に猟師兵太郎が鹿を追って岳口から山に入り、遠野から来た藤蔵と会い、早池峰権現を見た。そこで二人は協力して山頂に祠を建てた。その後兵太郎は山麓に早池峰神社の遥拝所として真中明神現田中神社>を建て今に至っている。なおそれ以来田中明神は、早池峰神社の祭祀権をもっていたが、近世になってその権利を岳の妙泉寺にゆずった。との事です。

 以下、社頭の案内板を転記しました。

 田中神社草創沿革記
 当社ノ草創ハ遠ク人皇五十一代平城天皇ノ御宇大同二年(八〇七年)三月八日郷ノ真中ノ地ニ一宇ヲ建立シ瀬織津姫命ヲ勧請シ東根嶽ノ里宮真中明神ト称シタリ
 即チ当社神主ノ先祖山陰兵部省藤原成房ト云ウ者コノ地ニ来リ大同二年三月狩猟ノタメ東根嶽ニ向ウ 折シモ山麓ニテ額ニ金星ヲ頂キソノ体ハ雪ノ如ク真白ナル奇鹿ニ遭遇セリ 成房之ヲ追テ雪ヲ渡リ遂ニ東根嶽山頂ニ至リ彼ノ鹿見失イケリ 時モ折遠野郷来内ノ四角藤蔵ナル者同シク奇鹿ヲ追テ山頂ニ来リ合セ共ニ神明影向ノ瑞相ヲ拝ス 成房藤蔵ノ二人等シクコノ奇異ニ深ク想ヲ巡ラシ山頂ニ宮ヲ建立シ奉ラムト談合セルモ今ハ雪深ク事成リ難シサレバ雪消ノ候ト約シ二人各々ノ猟具ヲ後ノ標ニト残シ下山セリト斯クテ雪消ノ六月東根嶽ニ登リ一宇ヲ建立セリト伝ウ コレ東根嶽ノ開山創始ナリ
 而シテ成房三月八日郷ノ真中ニ一宇ヲ建立シ真中明神ト崇メ自カラ神主トナリテ祭祀ヲ司トレリコレ即チ真中明神ノ創始ニシテ成房ハ山陰家開祖第一代ナリ真中明神ハコノ後同家三十九代ノ頃真中ニ水田ヲ拓クニ及ヒ田中明神ト改メ更ニ明治初年ノ神仏分離ニヨリ神号ヲ田中神社ニ改ム
 斯クテ山陰兵部省藤原成房真中明神創始以来実ニ千百数十余年当地域百家ノ宗トシテ現神主山陰幸三氏ニ至ルマデ連綿五十七代ニ亘リ歴代神主当社ノ盛衰ト共ニアリ祭祀ニ懈怠ナカリキ
  平成四年九月吉日   雲南住 山本一楽 謹書


早池峰神社と同様の頃の起源のようです。で、こちらもお神楽でも有名な様でした。



こちらの境内は平地にあり、幸いにも石段はありませんでした。

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年令不明の狛犬さんでした。こちらも子獅子が可愛い!

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少し狭い感じの境内には数々の石塔が祀られていました。

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お日様がかなりに西に傾き始めて来ましたので、本日の狛犬さん詣ではこれにて終了となりました。

この後は、紫波(しわ)へ移動、ラ・フランス温泉館にて入浴。

夕食後、一路一関へと向かいました。

目的地は、いわかがみ平です。

翌日の栗駒山のレポ、

  ・カルディナのブログは、こちらです。

  ・カル2のHPは、こちらです。

これで、東北遠征第2弾・岩手県編その4・花巻市編は、お終いです。

長々とお付き合いありがとうございました。

12/26  岩手県の狛犬さん全員を狛犬写真集に掲載しました。是非こちらをご覧下さい。

・かなり遠目の狛犬さん その5(岩手編)は、こちらです。
・かなり遠目の狛犬さん その7(愛知編)は、こちらです。
  (犬山成田山)

この後は、怒涛!と予告してありましたご近所さん・藤沢市編が再開となります。
怒涛の波音・ザブ~~~ン!小さな波チャポン!になってしまいましたが、どうぞご期待下さい。
ちょい遠目編は、越後の狛犬さんを予定しています。


では、また。  

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