ご近所の狛犬さん その74

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鎌倉市編、2016年分の第2弾です。
第1弾は高徳院からでしたが、開門前で中に入れず。
今回も8時前でして、高徳院は開門前。
数枚の写真を撮って、お隣のこちらへhappy01


・甘縄神明宮 (鎌倉市長谷1-12-1)

・祭 神
 天照大神(あまてらすおおみかみ)
  伊邪那岐尊(いざなぎのみこと)
  倉稻魂命(うがたのみたまのみこと)
  武甕槌命(たけみかつらのみこと)
  菅原道真公(すがわらみちざねこう)
   主祭神は、天照大神。
   御利益としては、子宝、安産などとか。

・由 緒
 和銅三年(710)八月行基の草創により染谷太郎時忠が山上に神明宮、麓に神輿山円徳寺を建立、後に寺号を甘縄院と名付けたことに始まるという。また源頼義公が当社に祈願して八幡太郎義家を当地に生み、康平六年(1063)には当社を修復、永保元年(1081)には八幡太郎義家公が当社を修復したという。
 「吾妻鏡」によれば、伊勢別宮として源頼朝公が崇敬し、文治三年(1186)十月、社殿を修理し、四面に荒垣及び鳥居を建てている。また建久五年(1194)までに頼朝公は三度、政子の方は二度、実朝公は一度参詣している。
  「相模風土記」には「神明宮、里俗甘縄明神と唱う」「別当臨済宗甘縄院」とある。
 明治維新の神仏分離により、別当甘縄院は廃絶し、神明宮は明治六年村社に列格された。
 明治二十年五月に五社明神社を合祀し、明治四十年四月神饌幣帛料供進神社に指定された。
 昭和七年、社号を甘縄神明神社と改称した。 
           社頭掲示板などより


由比ガ浜通りの消防署脇を曲がると、正面奥に鳥居が見えます。
その鳥居の左手に社号標が、鳥居の少し奥の右手に源義家朝臣再建の碑が在りました。

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参道を進み石段を少し登ると、

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立派な手水舎や御輿舎が。

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長めの石段の反対側には、北条時宗産湯の井が。

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では、石段を登りまして

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拝殿へ。
狛犬さんが出迎えてくれましたが、先ずはお参りからcoldsweats01

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お参りを済ませましたので、狛犬さんのご紹介です。
昭和五年(1930)六月生まれでした。dog
で、阿形がお母さんで、吽形がお父さんの様です。
何やら象徴が・・・。現地にてご確認を!coldsweats01

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拝殿の前庭はかなり広めで、左手奥には五社明神社が祀られていました。

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その広い境内の右手奥に鳥居が在りました。

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細い道を登ってみますと、拝殿よりも一段高い位置に在る立派な本殿が見えて来ました。

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更に細道を登ると、小さな石の祠が。

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更に石段を少し登りますと、秋葉神社が祀られていました。

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奈良時代に遡る鎌倉最古の神社といわれている甘縄神明宮。行基が草創し、源頼義、義家、頼朝の崇敬も集めたとの事。境内は杜の木々に抱かれており静寂感が漂っていました。
源氏の皆々様方が、優しい眼差しでそっと見つめていてくれたからでしょうか?eye


お参りを済ませ、続いて北東方向1.5㌔ほどの宇賀福神社・銭洗弁天へと移動でした。



狛犬の写真は、カル2の狛犬さん写真集の中に沢山掲載しています。
どうぞ、ご覧になって下さい。happy01


・ご近所の狛犬さん その73は、こちらです。

・ご近所の狛犬さん その75は、こちらです。


最後までお付き合い、有難うございました。


では、また。smile

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越後の狛犬さん その42

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2015.10.20.シリーズの第2弾は、旧和島村・現在の長岡市の七面宮 (妙法寺)から南西方面へ1㌔少々の移動でした。
116号線乙茂(おとも)交差点を左折、574号線をクランク風にクロス、すぐに越後線を渡り左手へ。

・宇奈具志神社 (三島郡出雲崎町乙茂762)

・祭 神
 天穂日命(あまのほひのみこと)
    主祭神、別名:菩比命、天菩比神など多数 
     菅原の道真の遠祖

  健御名方命(たけみなかたのかみ)  
    合祀神 別名:建御名方刀美神など多数 諏訪神社祭神
  大山祗命(おおやまつみのかみ)
    合祀神 別名:大山祇神、大山積神など多数 
    大山祇(大三島)神社の杜伝では山・海兼備の神

・由 緒
 もともと赤坂山にあり、その地内で1度移転した後、現在地に移転した。
 明治四十一年(1908)に十二社と諏訪社を宇奈具志神社に合祀。
 延宝五年(1677)の検地に天神宮、諏訪宮、十二神宮の除地の記載があり、宇奈具志神社は天神宮だったとの説もある。  出雲崎町商工会HPより


先ずは、石の神明鳥居がお出迎えでした。

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鳥居を潜りほんの少し参道を進むと、左手に、大乗妙典」と刻まれた石塔と、血戦場」と刻まれた戊辰戦争の碑が立っていました。
明治元年(1868)六月二十四日の古戦場だそうです。
碑の裏面には、「東西両軍激戦 屍為山 血為川之池」の漢文が刻まれていました。六月二十四日の激戦で、死体は山となり、血は川となった。という意味合いでしょうか?
この碑は、明治二十九年(1896)建立との事です。

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参道の反対側には大切にされている様子の手水鉢が。

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木々に囲まれた参道を更に進むと、宇奈具志(うなぐし)神社の扁額が架かる両部鳥居、その奥正面にはお社が望めました。

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拝殿の前には狛犬さんがお待ちでしたが、無論お参りから。happy01

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では、狛犬さんのご紹介です。
明治三十三年(1900)七月生まれで、今年116歳です。

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拝殿の左右に小さな鳥居が在り、それぞれの奥に石祠が祀られていました。合祀された諏訪神と十二社・大山祇神社なのでしょうか?
そして拝殿の右脇では、出雲崎町指定天然記念物の大椎が一段と大きな木陰を作っていました。推定樹齢500年との事です。

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明治維新の際には激戦地となってしまったこの地、何とも感慨深い思いが・・・。


出雲崎市に少し入った先の宇奈具志神社を後にして、北西方向の長岡市寺泊方面へと進みました。


狛犬の写真は、カル2の狛犬さん写真集の中に沢山掲載しています。 
写真集は、こちらです。どうぞ、ご覧下さい。happy01


・越後の狛犬さん その41は、こちらです。

・越後の狛犬さん その43は、こちらです。


これからも、是非お立ち寄り下さい。happy01
最後までお付き合い、有難うございました。paper

では、また。smile

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暑い日が続く中、こちらへ! 2016.07.08.

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今年もとても暑い日が続く7月。
ちょいとだけ歩こうかと思っていました七夕の日は、とてつもなく気温が上がり蒸し暑くなるとか。
で、朝一から出る気にならず!coldsweats01
一日繰り下げまして、少し高い地点へとも思えど遠い所は面倒に。同じ暑いならお手軽な高尾山へと決定。bleah
毎度の日影では気温が26℃を表示していまして、無風状態。まあ、我が家にいるよりも涼しいのかも。


日影からこんな合流点へ。

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賢明なる皆様は、この写真を見てすぐにルートがお判りでしょう。それとも、高尾山何てあまり行かれなくて、ご不明でしょうか?
風があまり吹いて来ない道でして、この登りで大汗を掻いてしまいました。

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取りあえず山頂でカキ氷。scissors
腸内温度が少しだけ下がったかと思い、更に穏やかな道を通り、途中で2~3ヶ所を確認しつつ小仏城山へ。
城山直下まで進むと、小屋のオヤジさんが何やら作業中でした。
そんな訳で、かなり楽しみにしていた城山名物のカキ氷が食べられず!weep
小屋番さんはお昼近くに戻って来られましたが、待ち疲れて日影沢林道を日影へと下山を開始でした。

これでお終いでは・・・。
という事で、出逢えた花々を少しだけご紹介します。
珍しい花も見つける事が出来ませんでしたし、賢明なる皆様は全てご承知でしょうから、花の名は省略します。

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大汗を掻いた、暑い日の裏高尾方面でした。
取りあえずのメモ書きは、おしまい。
きっとカルディナさんが詳しく書いてくれるでしょう。smile
詳しくは、書き様がないか?bleah


では、また。smile

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ご近所の狛犬さん その73

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鎌倉市編、2016年分がスタートです。happy01
いつでも観光客で混雑しています「高徳院」から
混む前にちょいとご挨拶に。
しかし、所用の前段でして時刻は朝の8時前。
まだ開門前ですので、狛犬さんに”おはようさん!”
で、塀の外から大仏様にご挨拶となりました。coldsweats01


・高徳院 (鎌倉市長谷4-2-28)

 浄土宗の寺院で、本尊は「鎌倉大仏」「長谷の大仏」として知られる阿弥陀如来像(国宝)。山号は大異山。詳しくは大異山高徳院清浄泉寺(しょうじょうせんじ)という。開基(創立者)と開山(初代住職)はともに不詳。
との事です。

余りにも有名ですので、ご紹介はこれくらいで。
詳しくは、こちらで。

 ・鎌倉大仏殿高徳院 のHPです。


参道入り口の左手に社号標が。
(無論、塀の中にも在りますhappy01

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続いて、仁王門。

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開門前で、来られていた方は1人だけでした。
中に入れませんので、中門の隙間からご挨拶。

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55年ぶりに受けていた大規模な点検・クリーニングを終え、1ヶ月半ぶりに綺麗になった姿を現した大仏様、お元気で何よりです。good


では、中門前の狛犬さんのご紹介。昭和五十五年(1980)五月に中華民国台中西北扶輪社(ロータリークラブ)から寄贈された一対で、白色大理石製でした。
阿吽とも、口の中に球が入っています。
どちらが阿吽なのか?
取りあえず、向かって右側からご紹介でした。coldsweats01

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台湾からの寄贈と聞いていましたので、例の中華風狛犬かと想像をしていましたが、案外と違和感のない形でホッ。happy01
朝の少し早い時間の一コマでした。
”これだけ?”の声が聞こえたような?
まあ時間的に中に入れませんし、所用の関係もありますし、狛犬さんレポとしては・・・。coldsweats01

鎌倉の大仏・高徳院の狛犬編は、お終い!bleah


狛犬の写真は、カル2の狛犬さん写真集の中に沢山掲載しています。
どうぞ、ご覧になって下さい。happy01


・ご近所の狛犬さん その72は、こちらです。

・ご近所の狛犬さん その74は、こちらです。


最後までお付き合い、有難うございました。


では、また。smile

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越後の狛犬さん その41

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ちょうど1年ぶりの越後の狛犬さんです。dog
所用で長岡市に出かけまして、相も変わらずに狛犬さん詣でをして来ました。
2015.10.20.シリーズの第1弾は、旧和島村・現在の長岡市の北西部が最初となります。happy01


・妙法寺 (長岡市村田1124 )

 日蓮宗の寺院。
 鎌倉時代末期の徳治二年(1307)に日蓮上人の高弟・日昭上人によって建立され、和島は北越布教の中心地となりました。うっそうとした杉木立に囲まれた日蓮宗の本山は、遠く鎌倉時代の古い歴史と風格を感じさせます。
 数百年の風雪に耐えた赤門には、本尊四天王のうち2体天王がまつられており、2階には木像が安置されています。赤門から100有余段の石段を上りつめると、木造茅葺きの黒門があります。
 元々、鎌倉名瀬(現在の横浜市戸塚区)の妙法寺が旧跡。

  妙法寺HP  ← 詳しくは、こちらへどうぞ。

 こちらの境内社?七面宮にて

・七面宮

 元禄年間に身延山、西谷より当山妙法寺貫主と成られた、当山二十八世日遑上人の時に、身延七面山より分祀されたと考えられます。時は徳川家康公側室、お萬様が、女人禁制で登山参詣できなかった、七面山の登拝成就により、法華信者守護の福徳神として、全国に七面様信仰が広まりました。当山の七面様は、本山と本山を囲む各寺院が結集して、元禄六年(1693)に当地に七面堂を建立し、七面大明神様を祀り、以後「願い事」がよく叶う仏様として、多くのご信者で賑わい、お百度参りが成された様で、古い「お百度参り そろばん(仮称)」がある位、有名な心願成就のパワースポットでした。  妙法寺HPより ← こちらのやや上部


杉木立の綺麗な、静かな境内でした。

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多くの苔むした石灯籠を眺めながら鳥居を潜ると、こちらでも石段がお待ちでした。

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その石段を登ると、鳥居の手前に狛犬さんが。

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しか~し、先ずはお参りから。happy01

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ガラス張りとなっている拝殿内を眺めますと、何と、狛犬さんが鎮座されているではありませんか!

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その狛犬さんの周囲には、大きな絵馬が多数。

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中央上部には、一段と大きな絵馬が。
七面大天女という大絵馬でした。
妙法寺HP。こちらの中程をご覧ください。

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七面堂の拝殿正面概観。

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では、主目的の狛犬さんです。
年令は、こちらも不明でした。
木々に囲まれ少し暗かったのと、傷みが激しかったので写真が・・・。 ← 言い訳たらたら!crying

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拝殿を背に、左手の眺め。
年代は不明ですが、年代物の手水鉢や石灯籠が。

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そして、参道の眺め。鳥居と狛犬さん。

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狛犬さんの横・石段の際からの俯瞰。
右奥に黒門や妙法寺本堂、左に赤門が在ります。

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見るべき建築物が多い大きな神社ですが割愛します。
広い境内の片隅で、出逢った花たち。paper

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写真が多くなってしまった2015.10.20.編第1弾、思いもしなかった出会いがあった七面宮でした。dog

狛犬の写真は、カル2の狛犬さん写真集の中に沢山掲載しています。 
写真集は、こちらです。どうぞ、ご覧下さい。happy01


・越後の狛犬さん その40は、こちらです。

・越後の狛犬さん その42は、こちらです。


これからも、是非お立ち寄り下さい。happy01
最後までお付き合い、有難うございました。paper

では、また。smile

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«甲斐の国の里山 その2  2016.06.17.